川西左近夢
『左近と包帯 四年生ver』
前編





 医務室は独特の薬の匂いがする。
 初めは医務室に入るたびに気になったけれど、今ではもうそれが普通だと感じられるようになった。だけど僕がなかなか慣れなかったのと同じように、患者として訪れる生徒達もそれを気にするひとが多い。特に薬をよく煎じている時期なんか、あの臭いが嫌だから医務室に行きたくない、と同級生が駄々を捏ねたこともあったくらいだ。どちらにしてもそいつは、単に治療をさぼりたかっただけなんだけど。
 理由は様々だろうけど、『医務室が好き』という生徒はあまりいないし、それは当然だと思う。だけど本人がどう思っていたとしても、保健委員の僕にとって、医務室に来る生徒は三種類に分類される。
 一つめは、健康診断以外では医務室とは無縁の、身体の丈夫な生徒。
 二つめは、実技の授業などで怪我をして、たまに医務室に来る普通の生徒。
 そして最後が──

 頻繁に怪我や病気を患う、医務室の常連の生徒達だ。




「僕ももう保健委員になって四年目ですけど、保健委員じゃないのにこんなに怪我してくる人はあなたくらいです」

 じろりと睨むと、先輩は申し訳なさそうに眉を下げて縮こまる。
 その手の甲には、転んで出来てしまったという擦過傷がある。ようはただの擦り傷だけど、肌はずる剥けで血とリンパ液でべとべと、とても年頃の女の人が作る傷じゃない。むしろ打ち身とかのほうが、まだ見た目に痛々しくないくらいだ。

「……左近ちゃん、怒ってる?」
「ちゃん付けやめてくださいってあれほど言ってるのに直してくださらないことにも、怒ってます」
「ご、ごめん……」

 もう一度睨むと、先輩は怪我していないほうの手をぎゅうっと膝の上で握り締めて、ますます小さく縮こまる。時々おどおどと僕の顔色を窺うように目を向ける様子は、とてもあの悪辣なくの一教室五年生だとは思えないくらい、頼りない。

「沁みますからね」
「う、うん……。っ……」

 剥き出しの傷に、消毒薬を心持ち強く擦りつける。先輩はびくっと一度震えたけど、なにも言わずにただ僕の治療に任せていた。
 先輩は特に成績が悪いわけじゃないと、先輩と同年の数馬先輩に聞いたことがある。教科もなかなか、実技などむしろ良いほうだと。僕の前でいつも小さくなっているこの人とその怪我の頻度は、とてもそうは思えないけど。
 他にも何人かいるけれど、先輩は間違いなく医務室の常連の一人だ。僕だって毎日当番があるわけじゃないのに、五日に一度は必ずここで顔を合わせるんじゃないかと思うほどだ。
 もう、言うこともなくなった。いつもこれからは気をつけてくださいねって言うのに、先輩はまたどこかに傷をつくって医務室にくる。前の怪我だって治りきってないのに。いつも。

先輩は、どうしてこんなにも怪我をするんですか」
「……どうしてだろうね」

 なんだか泣きそうな顔で、先輩が僕を見る。やめてほしい。そんな顔されたら、なんだか僕が悪いことをしているみたいだから。

「左近、怒ってる……?」
「怒っていないと言えば、あなたは次から気をつけるんですか」

 突き放すような淡々とした口調になってしまったのは、激怒していたとか心底呆れたというわけじゃなかった。ただ、自分の中で燻っている感情が、上手く処理出来なかっただけだ。純粋に、頻繁に怪我をしてくるということに対して怒っているということはある。だけどそれだけじゃない。僕は最近、先輩とこうして向き合っているだけで、心が揺れるから。
 その感情がなんて呼ばれるのかも分かっていたから、なおさらに癪だった。
 胸奥で疼いている感情を消すために、先輩の手に素早く包帯を巻き付ける。一年生の頃からこうして先輩の手や足に包帯を巻いてきたから、その違いがよくわかる。先輩の手は少しずつ大きく、でも華奢に、女らしくなってきている。いつの間にか僕の手のほうがずっと大きくなって、包帯が巻きやすくなって驚いたのは一年ほど前のことだ。
 先輩は、僕が保健委員になってからずっと医務室の常連だ。きっと僕が学園に入る前もそうだったのだろう。だから、わざと怪我をしているわけでもないのに先輩を責めるのは間違っていると思うし、僕も他の医務室常連の生徒達には、ここまで苛立ったりしないのに。

「もういいですよ」

 手を離す。先輩はいつもみたいに強く怒らない僕を怖々と見て、ゆっくりと、包帯の巻かれた手を、もう片方の手で包み込んだ。ぽつりと、ありがとうとその唇が動く。叱られた子どもみたいな表情で。
 だから、なんでそんな顔するんですか。

「ご、ごめんなさい……」

 僕の顔を見たくないのか、先輩はまた俯いてしまう。はあっと、大きなため息が漏れた。

「僕に謝っても仕方ないでしょう。……先輩はもう好きにすればいいです。僕は知りません」

 開いていた薬箱に消毒薬を直して、立ち上がる。薬箱をすぐ後ろの棚に直したとき、ぱたんと背後で小さな音がした。振り向くと、先輩の姿が消えていた。

「………………」

 いつもならば別れの挨拶をしてくれるのに。それに少し戸惑いを感じたけれど、深く考えることはせず、僕はただ先輩が去った戸を見つめていた。






 先輩と初めて会ったのは、一年生のとき。そのときもそれからも、先輩との記憶は八割方が医務室でのものだ。
 昔から先輩はどうしてかよく怪我をしてきて、自然と僕も先輩の手当てをすることが多くなった。
 先輩が不注意で怪我をしたり熱を出したりして、僕が手当てしながらその不注意さを怒って、先輩がごめんねと反省したように見せかけてまた医務室にやってくる。
 ただそれだけの関係なのに。

 眠りに落ちる前、布団の中で、先輩のことを考えることが多くなっていた。
 ぼんやりとしたまどろみの中で、先輩はいつも微笑んでいる。お互いが下級生の頃はよく見せてくれた、嬉しそうな幸せそうな顔。
 僕も先輩も成長して、もはや僕達は子どもではなくなった。だからこそ。

 ──眠れない夜に考える女の人。それがどういう意味かなんて、自分でだってよく分かってる。

 布団を深く被って、身を小さくした。認めてしまうのが嫌なわけじゃない。そうじゃなくて、その次に先輩に否定されたらと思うと、それが辛いだけだった。

 もはや僕達は子どもではなくなった。
 先輩は昔のように僕に笑ってはくれない。最近は今日手当てをしたときのようにどこか怯えたように僕を見るし、食堂とかで顔を合わせても、親しげに話しかけてきてはくれない。

『左近ちゃん、私が医務室に行くといつもいてくれるよね』

 昔はよく言ってくれたあの言葉も、もう随分聞いてない。

 あのひとは美人じゃない。いつもへらへら笑ってるし、すぐどこかに傷つくってくるし、何度言っても左近ちゃん左近ちゃんって呼ぶし。
 そしてなによりも、先輩は僕が幼かった頃のように、もう僕を親しい後輩だとは見てくれていない。

 ──好きなんですと伝えても、きっと先輩は戸惑うだけだから。

 だから、もう怪我なんかしないでください。あなたの顔を見るだけで、僕は辛いんです。









 それから、まるで僕の願いが叶ったように、先輩はぱったりと医務室に来なくなった。最初の十日ほどはなんとも思わなかったけれど、それが二十日、三十日と続くと、さすがに怪訝に思いだした。医務室の利用記録を見ても、たとえば僕以外の委員が当番のときに来ている、ということもないようだった。
 ……怪我をしていないということなら、それはむしろ喜ばしいことだ。だけどあの日から医務室以外でもほとんど先輩の顔を見なくなったから、僕はもしかしたら避けられているのだろうかと、ようやくにそう理解し始めた。

 医務室で会うときもそれ以外でも、少し前の先輩はいつも微笑んでいた。笑顔で、左近ちゃん、と手を振ってくれる。
 左近ちゃん、と子どものように呼ばれることは嫌だったけれど、先輩がいつだって僕を受け止めてくれるのは、本当はとても嬉しかった。
 自分が素直になれない性格だということは、嫌になるほど分かっている。先輩と一ヶ月も離れてみると、それがなおさらによく分かった。ただ純粋に会いたいと思うのに、理由もきっかけもない今、僕はなにも出来ないから。
 心がどんどんと沈んでいく。それでもなんの行動も起こせない自分が嫌で、そしてその分、先輩のことばかりを考えた。

 先輩と会わなくなって、一ヶ月半ほどが過ぎた。僕はその日も医務室の当番で、一人きりで作業をしていた。薬箪笥の整理を終えて、煮沸消毒して乾かした後の大量の包帯をくるくると巻き直していると、ふいに遠くからばたばたと騒がしい喧噪が近づいてきた。

「……ろうが!」
「って…………だし、…………なの!」

 …………?

 何事かと手を止めて顔を上げると、その間にも喧噪はどんどん近づいてくる。怒鳴り合うような二人分の声と、なぜか一人分しかない足音が、はっきり聞こえるくらいに。

「あほかお前、なに考えてんだ! そんなの放置してたら悪化すんの分かってんだろうが!」
「で……でも今日は嫌なの! 下ろして作兵衛! 今日だけはやだ、明日絶対行くから!」
「うっせーよ、もう面倒くさいから全部まとめて終わらせてこい!」

 ばしん、と目の前で勢いよく医務室の戸が開き、僕はその勢いに呑まれて唖然とした。戸の向こうには富松先輩がいて、肩に女子生徒を担ぎ上げていた。必死にじたばたと富松先輩の腕から逃れようとしているのは、間違うはずもない、先輩だった。
 富松先輩の目が、呆気にとられて動けないままの僕をじろりと睨む。慌てて立ち上がろうとしたとき、どすん、と僕のすぐ前に先輩が降ってきた。米俵かなにか下ろすみたいに乱雑に先輩を放った後、富松先輩は僕に向けて、もう我慢の限界だという表情で吐き捨てた。

「おい左近! こいつ怪我しても熱出ても足捻挫しても医務室行こうとしやがらねぇから迷惑だ! お前保健委員だろ、生徒が医務室に行かなくなるような状況つくんな! あほ!」
「え……」
「お前もだ、いい加減腹くくってちゃんと話してこい! いいな!」

 ばしん、とまた強い勢いで戸が閉められて、富松先輩のどすどすした足音が遠ざかって行く。
 僕がようやくに思考を取り戻して先輩に目を向けると、先輩はゆっくりと畳の上から身を起こしているところだった。その腕の少し雑に巻かれた包帯と、剥き出しの足首の赤い腫れに眉をひそめる。そうだ、怪我とか捻挫とかって。

先輩──」
「ご、ごめん!」

 患部を診ようと近づいたとき、どん、と肩を突かれて押し戻された。強い力じゃなかったけれど、そこには明確な拒絶の色があった。先輩は僕と顔を合わせようとせず、ずっと目を伏せている。なんだか、泣きそうな顔で。

「ごめん……来るつもりなんてなかったの。い、嫌な気分になると思ったから、だから……」

 先輩は口早に言いながら立ち上がろうとして、ふらりとまた畳の上に崩れ落ちる。足に力を入れると痛むのか。赤い右足首は、酷く捻ったみたいに大きく腫れていた。

「……僕が、あんなことを言ったからですか」

 医務室に行こうとしない、という富松先輩の言葉が回る。……そうだ。分かっていた。先輩は怪我をしなかったわけじゃない。ただ、僕に会いたくなかったんだ。

「違う……そうじゃ」
「そうじゃないわけないですよね」

 もう好きにすればいい、と。知りません、と。いつもみたいに怒らずに、僕は先輩を冷たく突き放した。……だからだ。
 分かっていたのに。先輩だって好きで怪我をしていたわけじゃないと、僕は知っていたのに。

「ご、ごめん、帰るから」

 痛みを押して立ち上がり、本当に帰りかけた先輩を、その手を掴んで無理矢理に座らせた。びくりと怖々僕を見上げる先輩に、小さくため息を吐く。

「それ放置してたら、ほんとに歩けなくなります。診させてください」

 少し強く言うと、先輩はちょっとの間迷うようにして、それから小さく頷いて座り直した。僕は棚から救急箱を取ってきて、先輩の腫れた足首に触れる。
 この間の手の甲の傷はさすがにもう塞がっていたけど、それ以外にもたくさん怪我が増えていた。足の捻挫はもちろん、二の腕に大きな切り傷があるし(雑に巻いていた包帯だ)、右のこめかみにも抉ったような痕がある。足の捻挫を処置していたときに、膝下に火傷があるのも見えた。ただの擦過傷ならあちこちに、たぶん今見えていない装束の下にもたくさんあるのだと思う。
 ……そのどれもがあまり上手く処置できておらず、回復が遅れているのもすぐに分かった。

 ぜんぶ、僕と会わなかった間に負った怪我なのだろう。

 その一つ一つを処置し終える間、先輩はずっと下を向いていて、僕もずっと無言だった。なにを言えばいいのか、どう謝ればいいのか分からず、ただ傷口の消毒をして薬草を塗って包帯を巻く僕の頭に、さっきの富松先輩の言葉ばかりが回っていた。

 生徒が医務室に行かなくなるような状況つくんな、と。

 先輩は僕に会いたくなかった。だから怪我の処置が出来なかった。先輩は怪我の処置をするよりも、僕に会わないほうを選んだ。……僕に、それほど会いたくなかったから。
 ああそうか嫌われたんだなと、僕はようやくに理解した。そして、それは当たり前だということも。
 僕は先輩に優しくしたことなんてほとんどない。いつも怪我ばかりしてきて、と怒って、またあなたですか、と声を荒げて、医務室の外で会うときも、風邪なんか引いてないでしょうね、とうるさく言ってばかりだった。
 保健委員だからということもある。実際よく怪我をしたり熱を出す先輩のことが心配だったということもある。けれどたぶん、僕がそうやっていろいろと先輩に言ったのは──

「痛みますからね」
「……っ、……」

 二の腕の傷は、かなり深かった。たぶん苦無か棒手裏剣で抉ったのだと思う。傷口に薬草を擦りつけると、先輩は痛みにびくりと震える。でもなにも言わない。先輩は今まで、治療中に痛いとかやめてとか一言でも漏らしたことがない。わざと痛むように処置をしても、六年生の先輩達でも苦しむような酷い傷でも。
 僕が先輩の傷を処置していくたびに、先輩は包帯だらけの姿になっていく。腕も、足も、こめかみも。首元にも擦った痕があったから、そこにも。

「………………」

 包帯を巻く手が震えそうになるのを必死に抑えつけて、僕は出来る限り平静にと努めようとした。先輩はなにも言わない。ただ、顔を合わせたら僕の機嫌を損ねると思っているように、ずっとずっと俯いていた。
 僕は先輩に優しくなかった。いつだって怪我するな、病気になるなと先輩にやかましく言っていた。医務室にいるときはもちろん、食堂や通りすがりに会ったときも、いつも。
 だけどそれは、単に、

 ──先輩と、些細なことでもいいから話したかっただけだった。

 先輩はいつも微笑んでいた。僕がどれだけ口うるさくしても、うん気をつけるよありがとう、と笑ってくれた。それを見たくて、話すきっかけと意味が欲しくて、僕はこれまでずっとそれを繰り返していた。先輩の気持ちなんて、なんにも考えずに。
 先輩が医務室に来なくなるまで、一度だって気付けなかった。

 僕はもう子どもではない年だ。でもやっぱり、先輩のほうが、ずっとずっと大人なんだろう。子ども扱いされるのが嫌いだった。だから呼び捨てで呼んでくれと幾度も言った。先輩より背が高くなって、見下ろすくらいにもなって、それでようやく安堵したのに。
 嫌われるまで好きなひとの気持ちを考えられなかったなんて、ほんとに、ただの子どもだ。

 ゆっくりと、先輩の腕の包帯を巻き終えた。
 見えるところ、分かるところはすべて処置した。包帯を巻くほどでもない擦過傷には消毒と薬草の塗布だけをした。きっとまだたくさんあるのだろうお腹や背中は僕では見られないから、処置用の薬と包帯を少し取り分けて、無言でそれを先輩に手渡した。
 先輩もなにも言わずに、僕の意図を察して小さく頷き、その薬と包帯を自分のほうに引き寄せた。
 これで、終わりだ。

 僕は一つ息を吐いて、袖に入れていた一枚の紙を取り出した。四つに折り畳んでいたそれを開き、先輩が見えるようにと、そちらに向けて畳の上に置いた。

「…………? これ」

 なに、と。先輩はここに来て初めて、僕の顔を見た。僕は一度紙を視線で指し、そしてゆっくり先輩と目を合わせる。

「保健委員会の今学期末までの当番表です。僕はもう覚えましたから、先輩が持っていてください」
「え?」

 不思議そうに、先輩が紙に手を伸ばす。暫定的なものだけど、学期が始まったときに作られる保健委員の当番表。昼休みと放課後の医務室当番、薬草園の手入れ当番、薬箱の整理日や健康診断の準備などおおまかな予定が書かれている。幾度か修正もされているけれど、今学期はあと一ヶ月、もうさほど大きい変更はないはずだ。

「それで、僕が医務室にいないときが分かります。当番以外の日は極力行かないようにしますから、それを見て僕が当番じゃない日に医務室に来てください」

 ぴたりと、一瞬先輩の動きが止まる。紙を見つめていた先輩が、ゆっくりと僕へと視線を向けた。なにを言われたか理解出来ない、という瞳。

「……左近……?」
「来期は、違う委員に入ります。僕はもう保健委員にはなりません」

 保健委員はみんな嫌がるから説得に少し時間がかかるだろうけど、それでも仕方ない。今まで僕が先輩の甘えてきた罰だ。

「……僕はもう絶対に保健委員にはなりません。だから怪我をしたり病気になったらすぐに医務室に来て、治療をしてください」

 医務室には専用の薬がたくさんある。新野先生もいらっしゃる。小さな傷なら個々人で処置出来ても、大きなものは医務室に来なければ早く治らない。僕のせいで先輩の傷が治らず、痛みが長引き、痕が残ってしまうのは嫌だった。
 嫌われてしまったことは悔やむしかない。許されることじゃないと思う。富松先輩が言った言葉は本当に正しい。僕は先輩が好きなのに、先輩が医務室に来なくなるような理由を作った。僕と先輩の関係の問題じゃない、先輩が痛みや不調で苦しむ原因を作った。馬鹿だ。あんなに、あんなに怪我しないでくださいと、病気にならないでくださいと、うるさいくらいに言ったのは僕だったのに。

「お願いします、先輩」

 先輩に、たぶん初めて頭を下げた。ぴくりと、先輩の気配が固くなる。
 言葉はなにもない。頷いた気配もない。
 かさりと紙音がして顔を上げると、先輩が当番表の紙をゆっくりとまた畳の上に戻したところだった。
 ほんの少しだけ時間が流れて、僕と先輩はその僅かな時間だけ静かに目を合わせた。先輩はすっと視線を下ろして、ぽつりと言った。







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