善法寺伊作夢
『通り雨』一話




 あれは誰なのだろう、と思った。

 遠く映る、重なり合う二人分の影。男性のそれと、女性のそれ。
 女性のほうは知らない顔だ。身なりや仕草から、町娘だろうということは分かる。洒落た流行りの櫛と帯紐。年相応に愛らしい、明るそうな女の子だ。
 対して男性のほうはよく知っている。顔も名前も性格も、好きな食べ物も趣味も得意なことも苦手なことも、大抵のことならばすべて。

 けれど私はそのとき、あれは誰なのだろう、と思った。
 あのひとのはずがない。そんなのは嫌だと、心が拒絶したのだと思う。

 私の知らない女の子と口付けを交わしているあの男のひとが、もし本当に、私の知っている彼ならば。


 ──あのときもらった言葉の全ては、幻だったのだろうか















 ぽとり、と丸めた包帯が手の中から滑り落ちた。包帯は私の膝に一度落ち、次に畳へと跳ねる。ころころと転がってしまうそれをぼうっと見つめていると、視界の中でその包帯を小さな手が取り上げ、私へと返してくれた。
「どーぞ、先輩」
「あ……ありがとう、伏木蔵君」
「いえいえー……」
 微笑む伏木蔵君に礼を言って、私は手の中の包帯を巻き直し、包帯籠へと入れた。一つため息を吐いて、目の前に大量にある煮沸消毒済みの包帯の山に手を伸ばし、一枚取って端からまたくるくると巻き始める。
 黙々とその作業をする私に、じー、と。ちらちら、と。二人分の視線が向けられる。同じ作業をしている伏木蔵君と乱太郎君のものだ。
 いつもと違う私の様子を案じてくれているのだろう。そう理解はしていても、感情が動かない。後輩達に『ごめんね、ちょっと寝不足でぼんやりしてるんだ』とでも言って笑ってみせればいいのに、それすらも出来ない。
 心が酷く重かった。いくら考えないようにしても、見てしまった情景は消えてくれない。忘れようとするたびに同じものが浮かんで、いつまでも私の頭の中に残り続ける。
 どうすればいいのか分からなかった。自分が傷ついているのか怒っているのか驚いているのか、それさえも判断がつかなかった。ただぼんやりと、衝撃の余韻を引きずっている。
「左近、薬草の処理終わったか?」
「はい、三反田先輩。あとはすり潰して煎じるだけです」
「分かった。じゃあすり鉢取ってこないとな。えーと、確かここに……」
「僕は秤を出してきますね」
 後輩達は真面目だ。私がこんな状態でも、きちんと仕事をこなしてくれる。けれど表向きは普通に振る舞おうとしている左近君と数馬君も、時折私に視線を向けているのを感じていた。それほど私は、普段とは違って見えるのだろう。
 このままじゃ駄目だ。
 巻き終えた包帯をまた一つ、籠に入れる。最上級生の私が、ひどく個人的なことで後輩達に気遣われているなんて申し訳ない。
 ゆっくり、みんなには気づかれぬように小さく長い深呼吸をする。今だけでいい、忘れようと、心を出来る限り落ち着かせた。
 顔を上げると、じっと私を見ていたらしい乱太郎君と視線がぶつかった。あわわわ、と慌てた様子の乱太郎君にぎこちなく微笑んでみせると、乱太郎君はきょとんとした後、ほっとして微笑み返してくれた。
 そうだ、これでいい。悩むのは、部屋に戻ってからすればいいから──

 ぱたん、と戸が開いたのはその直後だった。

 びくり、と手が震えた。ざわめく心を抑えて目を向けると、「善法寺先輩、こんにちは」と口々に言う後輩達に迎えられて、「うん、みんな早いね」と薬草を入れた籠を手に伊作君が医務室に入ってくるところだった。伊作君は今日は薬草園の当番だったから、先にそっちに行って薬草を摘んできたんだと思う。
「左近、数馬、その薬まだ煎じてなかったら、これもお願い出来るかな。混ざらないように気をつけてね」
「はい、分かりました!」
「これは……のどの薬ですか。そういえばもうすぐ風邪の季節ですね……」
「禁・学級閉鎖! 今年こそ病人を一人も出さずに済ませたいものです」
「外から帰ってきたら、手洗いとうがいを忘れずに!」
「ご飯をしっかり食べて、睡眠をたっぷりとりましょうー……」
 下級生達が口々に言う様子に、伊作君は嬉しそうにうんうんと頷く。それをぼうっと見ていた私に気づいて、伊作君は微笑んで私の前に座った。どく、と動悸が速くなる。
、今ちょっといいかな」
「……あ、うん。なに?」
 動揺を表に出さないようにと努める私に、伊作君は少し不思議そうにしながらも、口には出さずに一枚の紙を取り出した。私によく見えるようにそれを広げて、床の上へと置く。
「これ、来期の委員会費の試算なんだ。ざっと作ったばかりだから、も見てくれるかな?」
「あ……今度の予算会議の?」
「うん。あんまり予算会議で無茶なことしたくないし、出来るだけ穏便に済ます方向で行きたいんだけど……はどう思う?」
「……そうだね、みんなに怪我させたくないしね」
 多少ぎこちなかったかもしれないけど、ちゃんと受け答え出来ていたと思う。紙を取り上げて、試算に目を通す。保健委員会に関することなら、緊張しなくていい。伊作君の前にいるだけで指が震えそうになるのをなんとか堪えて、数字の羅列を目で追った。
「伊作君。これ、新野先生にはもう見て頂いた?」
「まだだよ。先に枠組みだけでも作っておこうかと思ってね」
「そっか……。これね、薬草園の備品計上は別かな」
「え、……あーほんとだ。ありがとう、見落とすところだったよ。留三郎が薬草の鉢替えとか手伝ってくれるって言ってたから、浮かれて忘れてたのかもしれないな。どうりでなんだか少ないと思ったんだよ」
「食満が手伝ってくれるの?」
「うん。鉢壊されてうちの仕事増やされるよりましだってさ。その代わりに予算会議で共闘しないかって」
「用具に不運が移りますよー……」
「こら伏木蔵、縁起でもないこと言うなよ」
「それなら大丈夫だよ。留三郎は僕に慣れてるからね」
「慣れてるのもお気の毒ですね……」
「まあ、六年間一緒にいるからね。今更迷惑かけるもかけないもないよ」
「お二人はすごく仲良しさんなんですねー……」
 にこやかに笑う伊作君に、伏木蔵君がうんうんと頷き、周りの後輩達が『なんか違うと思う』という顔で首を傾げている。
 六年間。何気なく聞いた言葉が、ちくりと胸に突き刺さった。そうだ。六年間だ。食満はもちろんだけど、私も学園に入ってから今まで、ずっと伊作君と一緒にいた。伊作君のことならよく知っていると、そう思っていたのに。
、他にどこか修正するところはあるかな。仮のものだし、たぶんいろいろ抜けてると思うんだ」
「……えっと、じゃあ、帳簿見ながら予算表作ろうか。乱太郎君と伏木蔵君に手伝ってもらってもいい?」
「ああ、そうだね。作り方覚えてもらったら、僕が前みたいに風邪引いたときも安心だしね。二人とも、包帯巻くのはもういいから、に教えてもらってきて。あとは僕がやるよ」
「はい、分かりました!」
「予算に携わるなんてすごいえきさいてぃんぐすりるー」
「左近、数馬。薬の煎じ方で分からないことがあったら、すぐに声をかけるんだよ」
「はい! 今日こそはひっくり返したりしません!」
「滑って転んで桶を大破させて床板踏み抜いて、用具委員にまたお前らかと呆れられたりしません!」
「いや、作り方についてなんだけど……う、うん、まあいいや。頑張ってね」
 苦笑する伊作君の前から立ち上がり、私は医務室の隅にある文机へと向かう。ぱたぱたと駆け寄ってきた一年生二人に、棚から帳簿を取ってきてくるようにと頼んで、私は文机の上を片付けて二人が作業する場所を空けた。
 みんなの様子を窺いながら包帯を巻く作業をしている伊作君は、なんだかいつもより少し機嫌が良さそうに見えた。良さそうに見えた、というだけで本当のところは分からないけれど。伊作君が今なにを考えているのか、もうそんな些細なことですら、私は自信を持つことが出来ない。
 六年間一緒にいた。伊作君のことならば、全部とは言わずともよく知っている自信があった。性格も、好きな食べ物も趣味も、得意なことも苦手なことも、大抵のことならばすべて。
 けれどきっと、知っている『つもり』でしかなかったのだ。
「帳簿持ってきました、先輩! とりあえず三年分持ってきたんですけど、これでいいですか?」
「細かい数字がいっぱい〜……一桁間違うだけで大変なことにわくわく〜……」
「うん。ここに置いてくれるかな。まず帳簿の見方から説明するね」
 伊作君のことを知っていると思っていた。良いところもそうでないところも全部知った上で、伊作君を好きになった。恋をした。それが間違っていたとは思わない。
 けれどあのとき伊作君からもらった言葉も、想いも、熱も。もし、私が一番大切にしたいと思っていたことまで全て『間違って』いたのなら。

 私はこれからどうやって、伊作君と共に居ればいいのだろう。










「では先輩方、お先に失礼しますね!」
「また明日ですー!」
「うん。またね、みんな。左近と数馬、薬草を触っていたからお風呂でよく洗うんだよ」
 下級生達が、笑顔で私と伊作君に頭を下げる。もう日も暮れ始めたから、先に下級生達を長屋に帰したのだ。
「あ、僕今日夕食当番だった。早く戻らないと」
「左近先輩が作る晩ご飯って、お粥とおうどんどっちですかー……?」
「なんでその二択しかないんだよ」
「喜三太、ちゃんと作ってるかなぁ」
 わいわいと話しながら歩くみんなの足音が、医務室からゆっくり遠ざかって行く。やがて足音もみんなの気配も消えてしまうその当たり前のことが、今の私には怖かった。
 委員会活動に限らず、学年混合の場では下級生の負担を軽くするのは当然のことだ。当然保健委員会も、先に下級生達を帰し、上級生の私達が最後の仕事を終えて、医務室を閉める。
 今だけでいいから下級生になりたい、と私はくだらないことを考える。みんなが帰ってしまったら、伊作君と二人きりになってしまう。これまでは意識したこともないどころか、嬉しいと思うこともあったのに。
「ねえ、
 突然に名を呼ばれて、びくりと動きを止めてしまう。保健委員会の帳簿を片付けていた私は、伊作君を見ないように再びその作業を続けながら、ゆっくりと口を開いた。
「……なに?」
「うん。ちょっとこっちに来てもらってもいいかな。に話したいことがあるんだ」
 ただそれだけの言葉なのに、心臓を掴まれたような衝撃が走った。
 伊作君の声は、いつもと変わりなかった。緊張している様子も、高圧的な様子もない。だけど、私の中で『怖い』という感情が一気に膨れ上がり、身体の隅々まで行き渡る。どくどくと、血の巡りに乗って指先まで。
 震えるその指で帳簿を棚に直し、私は気力を振り絞って伊作君の元に向かう。本当は視線を合わせることすら怖いのに。伊作君が話したいことって、私が今一番聞きたくないことかもしれないのに。
 医務室の真ん中で私を待つ伊作君の、その前に腰を下ろす。ぎこちない動きで顔を上げた瞬間、ぐいっと急に腕を引かれた。
「っ!?」
「どうしたの? 顔色悪いけど、大丈夫?」
 伊作君のもう片方の手が私の頬へと伸ばされて、さらに引き寄せられる。そのすぐ後に触れた伊作君の体温は、なんだか酷く懐かしい気がした。
 こつ、と優しい仕草で伊作君の額が私のそれに触れる。伊作君はすぐに顔を離して、入れ替わりに今度はその手のひらが額に触れた。
「熱はなさそうだけど……風邪の引き始めかな。寒気とか倦怠感とかはない?」
 心配そうな表情で、伊作君が私の顔を覗く。その気遣う言葉も優しい手も本当にいつもの伊作君そのもので、凝り固まった重い感情が、ほんの一瞬溶けていくような気がした。
「あ……大丈夫。昨日あんまり寝てなくて、それで」
「そっか。あんまり無理しないようにね。ってには言わなくても分かってるだろうけど……でもほんとに、無理しないでね」
 自分の身体って、他人のほうがよく分かることもあるからね、と微笑んで、伊作君の手がそっと私の頬を撫でて離れていく。
 ゆっくり吐息が漏れ、肩の力が抜けた。伊作君は変わらず優しいし、私を気遣ってくれている。それが理解出来ただけでも、今は嬉しかった。
 私が少し落ち着いたのが分かったのか、伊作君もほっとした顔になった。それから、「えっとね……」と躊躇いがちに口を開く。またどきりとする私の前で、伊作君は緊張したような面持ちになる。
「その、話しっていうかね、に用っていうか……えっと、つまり渡したいものがあって」
「……渡したいもの?」
 想像していたものと違う言葉に首を傾げると、伊作君は「うん」と頷いて、袂に手を差し込んだ。
「その……町で見つけたんだけど、もしよかったら」
 言いながら、伊作君は小さな包みを取り出す。薄い布に包まれたそれがよく見えるように、私は少し身体を乗り出した。
の好みじゃなかったら申し訳ないんだけど、女の子の喜ぶものってよくわからなくて……あ、でも人気の品だって店のひとが言ってたから」
 早口で言いながら、伊作君が布を開く。次いで視界に入ってきた小さなそれに、私は反射的に口元をほころばせた。
 飾り紐だ。小さな硝子玉を幾つか通した、帯や髪につける装飾品。薄赤と薄青の硝子玉が可愛らしく、格子窓から入る夕陽の光をきらきらと反射している。伊作君の言うとおり、女の人が喜びそうな小物だった。どこかで見たような気がするけれど、友達か後輩が持っていたのだろうか。
「……可愛い。私がもらってもいいの?」
 自然に口から出た言葉に、伊作君の気配から緊張が抜けて、安堵したような柔らかい表情になる。「もちろん」と頷いて、伊作君の手が私に差し出される。
「あまり高いものじゃなくてごめん。でも、もらってくれたらすごく嬉しい」
 言葉の通りに嬉しそうな伊作君の顔に、心の奥から温かな感情が溢れ出す。純粋に、私もすごく嬉しかった。
 今まで身体中に張り巡らされていた緊張と怯えの感情が、ゆっくりその温かさに塗り替えられていく。男のひとから、それも好きな男のひとからの贈り物なんて、嬉しくない女の子はいないだろう。たぶんすごく迷って選んでくれたんだろう伊作君の気持ちが、本当に嬉しくて幸せだった。
 伊作君の手のひらから、飾り紐を受け取ろうと手を伸ばす。
 私の指先が伊作君の手に触れようとした、そのときだった。



 ──身体を包んでいた温かな感情が、一気に冷えた。



 びくりと指を引き戻す。きょとんとしている伊作君の前で、血の気がどんどん下がっていく。一度幸せで満たされていた心が、さっきみたいに黒く黒く染められていく。違う。さっきよりもずっと、冷え冷えとした暗い思い。
 頭を過ぎるのは昨日のこと。長かった試験期間を終えた休日。町に出て、足りなかった筆や紙を買いに行ったときだ。
 私と同じように私服で、町に出ていた伊作君を遠目に見つけた。咄嗟に声をかけようとしたそのとき、私の知らない女の子と一緒だということに気がついてしまった。
 それだけなら、構わなかった。伊作君にも知り合いの女の子くらい何人かいるだろうし、その中に笑顔で会話を交わすほど親しい子がいたとしても不思議はない。たとえば地元の友達だとか、誰かの紹介とか、思い当たることはいくらでもあった。だけどその次に見てしまったのは、明らかに『知り合いの女の子』というだけでは説明のつかないことだった。
 口付けを交わす二人は、私の目には仲睦まじい恋仲にしか見えなかった。相手は可愛い女の子だった。口付けの後も伊作君の腕にしがみついたりはしゃいだ様子で、嬉しそうに伊作君と話していた。
 思い出してしまわなければよかった。
 その女の子の帯紐には、今伊作君が私に差し出しているものと同じ、……きっとまったく同じ、可愛い飾り紐が揺れていた。

 どうしてそんなことまで覚えていたのだろう。どうしてそんな余計なことを思い出してしまったのだろう。
 視界が揺れ、涙が溢れた。たった一度あの場面を見ただけならば、なにかの間違いだったのだろうと思えたのかもしれない。伊作君がこれからも私に優しくしてくれて、恋仲として大切にしてくれたなら、きちんと自信を持ってあの子のことを聞けたのかもしれない。
 でも、もう心が潰れてしまいそうだった。
 伊作君はあの子に贈ったのだろうそれと同じものを、私にもくれようとしている。あの子の後に。
 私のためにと選んでくれたのではなかったのか。あの子が喜んで受け取ったものを、私にもついでに贈ろうとしたのか。ついでに。
 ……そんなのってないよ、伊作君。
 悲しかった。胸がひどく痛かった。なにかの間違いであればと、他人の空似であればと、ずっとそう願っていたのに。
 伊作君が、慌てた様子で私の肩に触れようとする。その伸ばされた手を、反射的に振り払った。
 、と呼ぶ声がする。ぼろぼろと流れ続ける涙のせいで、伊作君の姿はあまりよく見えなかった。
 伊作君が好きだ。今でも本心から好きだと言える。けれどきっと、私の『好き』と伊作君のそれとは違うのだろう。
 伊作君を好きになって、恋が出来て、想い合う関係になれて幸せだった。
 まだ愛されているのかもしれない。これからも愛してくれるのかもしれない。
 けれどその愛される形がこんなものならば。こんなにも空しくて悲しい愛ならば。

 あなたに恋なんて、しなければよかった。








 泣きながら医務室を飛び出してしまったを、僕は追いかけることが出来なかった。
 どうしてなのか、分からなかった。泣かせるようなことをしてしまったのは僕なのだろうけど、それがあまりに唐突で、なにが起こったのかすらも分からなくて、ただ呆然と見送ることしか出来なかった。
 を引き止めようとしたとき、落としてしまった飾り紐を拾い上げる。
 これが気に入らなかったというわけではないだろう。好みではなかったのかもしれないけれど、それだけならばきっと、は笑顔で受け取ってくれたはずだから。
 ……そう思っていたのがいけなかったのだろうか。
 僕が甘えていたのがいけなかったのだろうか。は僕を拒絶しないと、なにをしても許してもらえるだろうと、心の奥底で思っていたのだろうか。
 本当は追いかければよかった。追いかけて、どうしたのかときちんと訊ねるべきだった。僕のせいなのだろうから、理由を聞いて謝ればよかったんだ。
 ……理解していたのに。に拒絶された瞬間、頭の中が黒く塗り潰された。なにも考えられなくなった。伸ばした手を振り払われたとき、絶望的な思いになった。
 いっそ全てが夢ならば。目覚めればまた、がいつもみたいに僕を見て笑ってくれないだろうかと。
 有り得ない望みを抱きながら、手の中の飾り紐を握り締めていた。縋るように。










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