くの一教室実習シリーズ
『男子生徒の唇を奪え!』編

『今回の実習内容』



「山本先生、全員揃いました」
「ありがとう。あなたももう戻っていいわ」
「はいっ」

 人数確認を終えた学級委員長が、自分の席へと戻って行く。
 時刻は最終時限。この授業さえ終われば放課後という、生徒達に一番集中力がなくなる時間。しかし教室内にずらりと並んだ女子生徒達は、一律に緊張の面持ちで山本先生に集中していた。
 それもそのはず、山本先生の後ろにある黒板には、大きな字でこう書いてあるからだ。


 『期末試験実習概要』


 ただそれだけが書かれている黒板が、生徒達にはやけに重々しく感じられる。なにしろ中間・期末両試験は、進級に直接関わる大事なものだ。しかも……と、数人の女子生徒は少し不安げに教室内の顔ぶれを確認する。くの一教室の、それも四年生から六年生まで、すべてが揃っている。三学年合同の実習試験であることは間違いないだろう。
 ……嫌な予感に身震いする。

「では皆さん、これから実習概要の説明をします。こっちに集中してね?」

 ぱちぱち、と軽く手を叩きながら、若いほうの山本先生が微笑む。にっこりと上機嫌に見えるその顔は、今の生徒達には緊張にしか繋がらない。山本先生は身体を強張らせる生徒達一人一人に目をやるように教室内を見回してから、ふと気づいたような顔になる。

「その前に……外を確認してくれないかしら。教室の周りに部外者はいない?」

 意味ありげな山本先生の声に、窓際と廊下側の生徒が気配を探り、「いません」「誰もいません」と伝える。

「ありがとう。では始めます。説明中にどこからか変な気配がしたら、先生に教えてね?」
「先生、なにか内密な試験内容なんですか?」

 一人の生徒が挙手する言葉に、山本先生は「しー」と唇に指を当ててみせた。その幼さを感じさせる仕草に、発言した生徒は慌てて手を下ろす。

「まあ、そんなに緊張しないで。出来れば外に漏らしたくないだけだから。はい、今から用紙を配ります。内容を読み上げたりしないようにね?」

 前列の生徒に渡された紙が、次々に後ろへと回されていく。多くの生徒達はその用紙に目を落として一度絶句し、山本先生が言った言葉の意味を理解する。確かに……これは事前に外に漏らすわけにはいかないだろう。
 全員に行き渡ったのを確認すると、山本先生は自分も用紙を片手に持ち、生徒達に視線を向ける。にっこりと、いつもの微笑みで。

「ここに書かれているのが、あなたたちの今期の期末試験の概要よ。はい、それでは一つずつ見て行きましょう。まず最初の項目からね?」

 言われて、ざっと読んだ生徒達も、もう一度用紙に視線を下ろす。
 今期の期末試験の実習概要。


 一、『男子生徒に口付けすること』


 つい先ほど目にしたものだが、改めてざわりと生徒達の気配が軽く揺れる。どの顔にも、来た、ついに来た、と焦りや不安や戸惑いや、逆に面白そうな表情が浮かんでいる。

「はい、ここで質問のある人は?」

 山本先生の言葉に、教室内はしんと静まり返る。質問ならばあるが、一つ目だけではまだなにも言えない、という顔の生徒達に、「では一気に全部にしてしまいましょう。きちんと一つ一つの概要を頭に入れてね」と山本先生は用紙に目を向ける。慌ててそれに倣って、生徒達も再び用紙に視線を下ろす。

 以下、十項目まで続く概要を、生徒達はそれぞれやる気まんまんに、もしくは冷静に、または動揺しまくりながら、今一度目で追っていく。


 二、『相手からするように仕掛けるのではなく、自分から奪うこと』
 三、『唇同士の接触があった時点で口付けと認める』


(口付けくらい、不意をつけばなんとでもなるし)
(まぁ……こっちから誘うよりは大分楽ね)
(ちょ、口付けとかその時点で無理なんですけど!)


 四、『一人の男子に複数人重なっても可。ただし共闘は認めない』
 五、『対象者以外の男子生徒に気づかれないよう、静かに行動を起こすこと。またそのため他人の目がない場所で二人きりで実行すること』


(複数人可なのに共闘不可ってことは、つまり対象が重なった場合は女子同士で探り合いをしなくちゃいけないのか)
(一度された男子は警戒するだろうし……早い者勝ちね、結局)
(他人の目がない場所で二人きりとか! もう絶対無理なんですけど!)


 六、『教師・事務員・その他学園外の男子は認めない』
 七、『男子生徒は四年生以上。三年生以下は認めない』


(ま、そりゃそうよね。そんなの簡単過ぎるし)
(三年生以下は抵抗出来ないだろうし、下手したらトラウマになるかもしれないしね……)
(どうせ口付けするなら、せめて可愛い一年生とかがいいのにー!)


 八、『規定に反しなければ、脅迫・騙し・すべて可』

(やった! 脅迫可なら怖いものなし!)
(まぁね、これで合意の上とかだと逆に後味悪いものね)
(脅迫なら十八番だけど、それで口付けとか言われても、出来るかぁーー!!)


 九、『後日、男子生徒本人から確認を取り、実行したと認められた場合のみ合格とする』
 十、『期限は今日中とする。日付変更までに相手の名を報告すること』


(今日中か……急がなくちゃ)
(誰にするかが一番の問題ね。さっさと終わらせたいなら簡単な相手にしたいけど、競争率高いと後々面倒だし)
(無理ー! 口付けとか絶対無理ーーー! ていうか報告して確認も取るってどういうこと、誰と口付けしたか先生に二度もバレるなんて恥ずかしすぎる!)



「はい皆さん、もういいわね?」

 全員が読み終えたと判断して、山本先生が声をかける。すでに作戦を考えていた生徒や未だ戸惑いに溢れていた生徒達が、ハッと顔を上げる。

「では質問を受け付けます。分からないところや気になるところがある人は挙手してね? くれぐれも特定の単語は使わないように」

 山本先生の言葉に、即座に複数の手が挙がる。「はい、あなた」と山本先生に指された女子生徒が、手を下ろして口を開く。

「相手の確認についてお聞きしたいんですけど、強硬手段アリということは、無論同意が得られなくても実行可能というわけですよね?」
「ええ、そうね。それがどうしたの?」
「……ということはですね、相手に恨まれている場合が多いと思うんです」

 静かな声音での指摘に、生徒達の気配が一斉に揺れる。確かにそうだ。好きでもない女に無理矢理そんな行動に出られたら、普通の男は怒る。
 つまり、だ。

「相手がこちらの失格を目論んで、虚偽の報告をする可能性もあるのではないでしょうか」

 ざわっ、と教室内が動揺の気配に今一度揺れる。確かに、騙したり脅したりして実行出来たとしても、男子生徒本人が知らないと一言言えば確認が取れないではないか。それでは実習にならない。
 そうだその通りだ、だからって合意にしろって言われても無理だ、と女子生徒達が騒ぐのを、山本先生はとんとんと軽く机の上を叩いて沈静を促す。
 全員の視線が再び集まったのを確認して、山本先生はにっこりと微笑んで、「ねえ?」と全員に向けて問いかける。

「皆さんは、私が未熟な男子生徒の嘘を見抜けないと思う?」

『思いません!』

 女子生徒全員一致の即答に、「ええ、そうね」と山本先生は満足そうに頷く。生徒達がほっと安堵したのを見計らって、再び挙手を促す。

「では、他になにか質問のある人は?」
「はい先生。一対一でさえあれば、手段は問わないんですよね?」
「ええ。好きなだけ徹底的におやりなさい。……はい、次あなた」
「時間が経てばどうしても噂が広まると思うのですが、こちらから実習だと言ってもいいんでしょうか」
「そうしたほうが良いなら、勿論言っても構いません。ただし手当たり次第に吹聴することはしないようにね。無論、隠していても構いません。自分にとって楽なほうを選びなさい」

 その後も幾度か質問と回答が交わされるうちに、実習内容に動揺していた生徒達も落ち着きを取り戻し、最初から冷静だった生徒達に続いて作戦を練り始める。
 しかし中にはほぼ泣きそうな顔で、震える手を挙げる生徒もいる。

「せ、先生」
「はい、あなた。……どうしたの?」
「あの、私……無理です」

 なにがとは言わずとも、その意味はその場にいる誰にでも分かった。山本先生は「ええ」と優しく頷くと、他にも何人か同意を示す表情の生徒達を落ち着かせるように微笑む。

「見て分かるとおり、これは色の実習です。許婚や恋仲の相手がいる場合や、他の理由で気が進まないこともあるでしょう。そういう人は他の実習内容に変更しますから、後で私に言いに来なさい」

 山本先生の言葉に、不安そうだった生徒達が一斉にほっとした表情になる。しかしすかさず、逆にやる気まんまんだった生徒が手を挙げる。

「先生。その変更される実習内容って、なんですか?」

 その顔には、『そっちのが楽ならそっちにします』と素直に書いてある。他の生徒達もその意図を見抜き、確かにと山本先生の言葉の続きを待つ。
 山本先生はにっこりと微笑み、さらりとした口調で言い放つ。

「次の山登り実習の距離を二倍にします」

 うっ、と教室内にどよめきが走る。それはキツイ。質問をした生徒も顔をひきつらせる。けれど、どうしてもこの実習が嫌だという生徒達ならば、まだそちらのほうが精神的に楽だろう。

「はい、もう質問はないかしら? 実習中になにかあればまた聞きに来ても構いませんが、実習内容を変更するのは今しか受け付けませんから、よく考えてね。……委員長、用紙を回収してくれる? 紛失しないように枚数をきちんと数えてね」
「はい、山本先生」
「みなさん、放課後になったら自由に実習を開始してください。……では変更を受け付けます。いらっしゃい」

 山本先生の手招きに、実習内容の変更を求める生徒達が立ち上がり、教卓に向かう。
 委員長が手早く用紙を回収していく横で、実習を受けると決めた生徒達は静かに作戦を立て始める。
 その顔に浮かんでいる表情は、緊張、困惑、愉悦、静観、と様々。



 立花先輩とか、頼んだら好きにしろって言ってくれそうな気がするんだけど。

 無理無理、恋人とかいないけど口付けなんか無理無理。でも山登り実習二倍も嫌だし、あーどうしよう。

 まぁ、どっかに詰め込んで押し倒しちゃえば楽勝ね。

 ……どうせするなら好きな相手としたいんだけどな。



 緊張感が漂う教室に、やがて授業終了を告げる鐘が鳴り響く。放課後の始まり。
 生徒達は山本先生に言われた通り、次々に立ち上がって教室を出て行く。
 実習内容を変更した生徒と山本先生も続いて退出し、教室内は瞬く間に無人となる。






 実習、開始。


誰のところに行きますか?