| 『七松小平太』前編 | |
※同企画の『立花仙蔵夢』と『竹谷八左ヱ門夢』の既読後推奨です。 ※消化不良な仕上がりになっています。 それでも構わない、と仰ってくださる方だけスクロールをお願いします。 これは仙蔵かな、とまずはじめに思った。 口付けをしてこいと一言で言っても、その方法はたくさんある。ざっと思い浮かぶだけでも、『合意の上で』『不意を突く』『無理強い』『騙す』『色仕掛け』とこのくらい。とりあえず唇同士をくっつけてしまえばいいのだから、手段さえ選べばさほど難しい実習じゃない。 この中で一番楽なものは、なんといっても合意の上ですることだろう。相手が了承さえしてくれれば、後々恨みを買うこともないし。 そこで思いついたのが、仙蔵だ。仙蔵はあんな感じだから、同学年の男子の中でも特に頼みやすい。頷いてくれるかどうかは別として、この手の話を切り出すのには一番遠慮のいらない相手だと思う。 ただそれだけの理由で、よし仙蔵に頼みに行こう、と私はその姿を探して学園内を歩き始める。 口付けそれ自体はどうでもいいけど、出来る限り『無理強い』という行為には出たくない。相手のことを考えているわけじゃなくて、反撃に出られると面倒だからだ。私はさほど実技が得意じゃないから、純粋な力業ではたぶん四年男子にも敵わない。そんな無茶なことをして余計な怪我をしたくないし、とにかく最初のうちは穏便な手を選ぶのが良策だと思う。 今回は早い者勝ちというわけでもないから、時間もたくさんある。授業が終わったばかりでたくさん廊下にたむろしている生徒達の中を歩きながら、私はきょろきょろと仙蔵の姿を探した。でも見つからない。もしかしたら、同じようなことを考えてる女子生徒達に引っ張りだこにされてるのかなーと思ったとき、突然に横手から「ー!」と声をかけられた。 反射的に足を止めて、声のした方向に視線を向けると、「よっ!」と庭にいたこへが私の元に駆けてきた。 「あ、こへだ」 「おう、私だぞ」 微笑むこへに、私もこへと視線を合わせるために縁側から庭に下りる。 「どうしたのこへ、私になにか……、あ」 用事? と聞こうとした瞬間、気づいて顔をしかめた。こへの手には、見慣れたバレーボールがあったからだ。即座に口にする。 「やだよ……」 「なんだよ、私まだなにも言ってないぞー」 「だってこへ、私をバレーに誘う気だよね?」 こへが私の姿を見て声をかけてくれる時は、八割方『バレーしようぜ!』か『自主トレしようぜ!』と誘ってくれるときだ。声をかけてくれること自体はまぁ嬉しいけど、実技授業でもないのに身体を動かすのは嫌だ。大体体力の有り余ってるこへに付き合っていたら、本当にへとへとになってしまう。だからいつも断ってるのに、こへは私を誘うのをやめない。たぶん『身体を動かしたくない』という気持ちが全然分からないんだと思う。 「いいじゃん、どうせ今日も暇だろ? たまには身体動かさないとキノコ生えるぞー」 「男子寮の押し入れじゃないんだから、そんなの生えないよ! てかねこへ、今日は私忙しいの」 心持ち胸を張って言うと、こへはきょとんとした。不思議そうな顔で、軽く首を傾げる。 「嘘だろ? いつもそんなこと言って、部屋の中でごろごろしてるじゃないか」 「今日はほんと。大事な用があるの。いつもの私とは違うの!」 なんせ実習、間違いなく大事な用だ。ふふ、と腰に手を当てて威張って見せると、「おー」とこへはどこか楽しそうに笑う。分かってくれたかな、と思った矢先、 「そっか! なら、その用事が終わったらやろうぜ! 私運動場にいるから!」 「え? でもねこへ、たぶんかなり遅くなるし、そもそも私バレーしたくないし」 「んじゃまた後でな! 用事、頑張れよー!」 私の言葉を聞かずにぶんぶんと手を振って、こへは運動場へと駆けて行ってしまった。 でもこれもいつものことだし、約束(してないけど)を反故にしたからとこへが怒ったことも一度もない。まあいっか、と私は思って、庭から縁側へと上がる。 さて、仙蔵を探さないと。 よくよく考えれば、さっきこへに仙蔵がどこにいるか聞けばよかったな、と気づいたのは大分経ってからだった。こへと仙蔵は同じ組じゃないけど、私よりは仙蔵の居場所について知ってるだろう。とはいえわざわざ運動場まで行って聞くのも面倒だしなー、と引き続き学園内をうろうろしていたら、ようやくに仙蔵の姿を見つけた。 好都合なことに一人で歩いている仙蔵に、さっそく後ろから声をかけようとしたとき、「立花先輩!」と私より先にどこからか声が響いた。見ると、仙蔵の元にぱたぱたと駆け寄る女子生徒の姿があって、仙蔵は足を止めてその子を振り向く。そのときちらりと仙蔵と視線が合ったけれど、すぐ外された。 仙蔵に声をかけているのは、五年生のくのたまの後輩だ。後輩はみんな可愛いけれど、その中でも特に性格が良くて穏やかでその上容姿まで良いという、非の打ち所のない子だ。 それはともかく、つまりあの子が今仙蔵に声をかけているということは、まず間違いなく私と同じように実習絡みだろう。さすがに後輩の邪魔をするつもりはない。こっそり戻って仙蔵は諦めるか時間を置いて出直そう……と二人に背を向けようとしたとき。 「おい、」 突然に名を呼ばれて、やましいことなんてなにもないのに、反射的にびくっとしてしまった。視線を向けると、仙蔵が「来い」と一言言う。呼ばれたことを不思議に思いながらも、仙蔵と後輩が立っている場所に向かう。 「お前、小平太がどこにいるか知っているか」 「え?」 仙蔵の前で足を止めた瞬間、そう聞かれた。きょとんとしつつも、こへなら、と答えようとして──ふと仙蔵の隣にいる後輩の様子に気づいて、言葉に詰まった。 後輩は、私の顔を見て呆然としていた。まるですごく驚くことがあったみたいに、軽く目を見開いている。その様子を怪訝に思って、どうしたのかと声をかけようとしたら、引き止めるように仙蔵に腕を掴まれた。 「っ、痛い、仙蔵」 「言え、。知らないのか? お前と小平太は『仲が良い』だろう?」 そこだけ強調されて眉をひそめつつ、私は口を開く。とりあえず問われたことを答えた方がいいのだろう、と思って。 「こへなら、さっき運動場でバレーするって言ってたから、そこだと思うけど……」 「そうか」 仙蔵はすぐに私の手を離すと、今度は後輩に目を向けた。どこか含むような口調で、嗤うように笑みの形を作る。 「だ、そうだぞ? 『小平太に会いたいなら』、運動場に行ってみたらどうだ?」 「っ……!!!」 仙蔵がそう口にした瞬間、後輩の顔から血の気が引いた。真っ青な顔で小さく震え出すその姿に、今度はこっちが目を見開いた。 「ど、どしたの、……仙蔵、ねぇ」 この子になにしたの、と言おうとしたとき、後輩が絞り出すようなか細い声で「……すみませんでした」と私と仙蔵に頭を下げて、逃げるように走り去って行った。──運動場とは真逆の方向に。 「ちょっと、……なにしたの!?」 明らかにただ事ではない様子に声を荒げると、仙蔵はおや、という顔になった。 「お前、もしかして気づいていないのか」 「なにが! お願いだから後輩いじめるのやめてよ、あの子がなに言ったのか知らないけど!」 知らないけど、あの子が仙蔵を怒らせるようなことを言うはずがない。先輩としてこれは許せないと仙蔵に詰め寄ると、仙蔵はやれやれと軽くため息を吐いた。 「大したことではない。単に小平太の居場所を聞かれたから、手っ取り早くお前に聞いただけだ。……それにしても」 小さく鼻で笑って、仙蔵は私に視線を向ける。 「お前はやはり阿呆だな」 とん、と軽く肩を押される。仙蔵は蔑むような哀れむような顔を私に向けると、そのままなにも言わずに去って行った。 ……ぽかんとして、その後ろ姿をただ見送ってしまう。 えーと。とりあえず喧嘩を売られたのかな、ということは分かったけど、その理由が全然分からない。 でもまぁ、仙蔵だし。 それはともかく変な様子だった後輩が心配だなと思ったとき、ふとようやく、こへの居場所を探してたとすると、あの後輩は実習相手にこへを選ぼうとしていたんだろうか、ということに思い当たる。 こへと私は仲が良く見えるらしく、たまに『先輩と七松先輩は恋仲なんですか?』と聞かれたりもする。違うと否定するときょとんとされるから、傍から見ると相当仲睦まじく映るんだろう。……でも本当に違うんだし。 もしかしたらあの後輩は、そうかもしれないと思っていたんだろうか。さらにそのことに思いついて、私はあの子の過剰反応にようやく納得が行った。違うんだから、なにも気にしなくていいのに。今度会ったら謝罪と共にきちんと訂正しておこうと、ため息混じりにそう思う。 で。仙蔵はもういいやとさっさと諦めて、とりあえず他に合意を得られそうな相手はいないだろうかと、適当に探し出した。 それからしばらくの間ぶらぶらと歩いていると、ふと人気のない縁側に一人の男子生徒が腰掛けているのを見つけた。もう陽が沈みかけていて赤色に染まった視界では一瞬分からなかったけど、制服の色は五年生だ。なんだかじっと庭を見て考えごとをしている。名前だけ知ってる程度の相手だけど、声だけかけてみようかと近づくと、男子生徒は視線を上げてちらりと私を見た。 「……先輩、なにか俺に御用ですか」 「うん。口付けしてもいい?」 率直に言った瞬間、男子生徒の顔が奇妙に歪んだ。驚かれるのは予想していたけど、その反応にちょっとびっくりする。 渋い顔のまま無言でいる男子生徒の隣に勝手に座って、その顔を軽く覗き込む。 「えーと、そんなに嫌かな」 「……なんの悪ふざけですか、先輩まで」 その言葉で、理解した。 「もう誰かにされたんだ」 「……思い出したくもありませんけど。腹に一発入れられてヤられました」 「それは災難だね。でも、私も今君に断られたらそうするつもりだよ」 まぁ、ここまで言ってしまって実行しようとしても、五年男子に敵うはずないんだけど。男子生徒はしばし沈黙してから、そうですか、と無感情に呟いた。その様子がどうもすごく呆れてるように見えて、私はちょっと不安になる。一応言っておかないと。 「聞いてるかどうか分からないけど、これ実習なの。だからあんまり怒らないであげて」 「……実習なら、他にもう少しやり方があるでしょうに」 「お腹に一発でしょ? みんなそれくらいすると思うけど」 「なんか違うんですよね、あの先輩は……」 なにが引っかかるのか、男子生徒は深くため息を吐く。こりゃ無理だろうなー、と私は諦めかけた。それでも一応、聞いてみる。 「駄目かな? 断られたら、私も実力行使に出ようかと思ってるけど」 嘘だ。断られたらさっさと逃げようと思ってる。けれど男子生徒はじっと私の顔を見てから、ぽつりと言った。 「好きにしてください」 「え……そんなこと言っていいの?」 まさか承諾されるとは思わず問いかけると、男子生徒は「ええ」と頷く。 「もうあの人じゃなきゃ誰でもいいです。清めてくださいよ、先輩」 「はい?」 清めろとか、大丈夫だろうかこの子。 どうもものすごく自尊心を傷つけられたらしい。すごい投げやりだ。 「なんか普通に心配になってきたんだけど、ほんとにいいの?」 「いいですよ、どうぞお好きに」 もしかしたら私を謀って油断させておいて、(同じ女子生徒にという意味で)復讐する気かなと思ったけど、男子生徒からは殺気が一切出てなかった。たぶんこれは、本当に投げやりになっている。 「そっか。……じゃあ遠慮無く」 誰だか知らないけどありがとう、と感謝して、私は男子生徒に顔を向ける。背の高い男子生徒の肩に手をかけると、察したのか少し身を屈めて私の腰を引き寄せてくれる。気遣いに感謝しつつその唇にさっさと自分のそれを押しつけて、確かに感触が伝わったところで、すぐに離した。 「ありがとう」 「いいえ。むしろこっちがありがとうございました。何人でも何回でも奪っていけばいいですよ、俺の唇くらい」 「君ほんとに大丈夫?」 さすがに心配になって聞くと、大丈夫です、と棒読みに返ってきた。一応これほんとに実習で後で先生が確認に来るからと伝えて(伝わったかは分からないけど)、私はもう一度ありがとうと礼を言って、男子生徒を残してその場から去った。 そのままくの一教室に戻って、先生に報告をしに行った。すでに実習を済ませたらしい同輩や後輩が「実習終わったし昼寝でもしようかな」「私は明日まで身を隠します。騙してヤったら思いきり恨み買っちゃいました」「ありゃ、じゃあ私の部屋に来る? 来たら返り討ちにしてあげる」と話し合うのを聞きながら、私も部屋に戻ろうかなとくのたま長屋に歩き出す。 思ったよりあっさりと実習が終わったので、私はかなり気分が良かった。実習試験と言えば、内容がなんであれどれも苦労するものばかりだから。今日の晩ご飯は好きな一品料理でも追加しちゃおうかな、と思いながら、機嫌良く自分の部屋へと向かう。 報告を済ませた間に陽は沈んでしまって、もう夜の気配がしていた。自部屋の戸を開いて中に入ると、誰もいないしんとした空気が私を包む。 私は一人部屋なので、部屋の中で他人に気遣うことがない。ちょっと机の上を整理したり食券を補充したりなんとなく予習しようかと教科書を開いてやっぱり止めたりと、部屋の中でごろごろする。程々に時間が経ったのを確認して、よいしょ、と立ち上がった。 晩御飯を食べに行こう。 部屋から出て、ぶらぶらーと食堂に向うためにくのたま長屋を出ようとする。と、その入り口で見知った人物……けれどここにいてはおかしいはずの人物を目にして、一瞬ぎょっとした。 「……なにしてんの、仙蔵」 「なんだ、またお前か」 「いや、こっちの台詞なんだけどね……」 一抱えもある紙束、たぶん事務書類かなにかを手にした仙蔵が、ちょっと嫌そうに私を見る。仙蔵は確かにくのたま長屋によく忍んで来ているらしいけど、こんなに堂々と目立つところにいていいんだろうか。入り口とはいえ敷地内には違いないのに。 「仙蔵、こんなとこにいるとボコられるよ?」 「先生の許可はもらってある。学園長先生だがな。山本先生にこれを届けろと」 「そんなの、わざわざ仙蔵に頼まなくても、女子生徒に言えばいいのに」 「私が知るか。通りすがりに捕まったんだ。将棋の相手をしろと連れ込まれた上に、雑用だ」 あの学園長先生相手だとさすがにいつもの調子が出ないのか、仙蔵が苦々しい顔をしている。それが珍しくてマジマジと見てしまって、きつく睨まれた。 「なんだ」 「ううん、なんでもない」 首を横に振って否定してみたけど、仙蔵にはこっちの考えが伝わっていたらしい。不愉快そうに眉をひそめてから、「ああ、そうだ」となにかを思い出したように私の顔を見た。 「おい。お前達、今なにかしているだろう」 「はい?」 「はぐらかすな。女子の様子がおかしい。また厄介なことでも企んでいるのか?」 「…………」 「……はぐらかすなと言っただろうが」 きょとんとする私に向けて、仙蔵が軽く怒気を孕んだ視線を向ける。いや、はぐらかしてるんじゃなくて。 「もしかして仙蔵、知らないの?」 「……どういう意味だ」 どうも本当に知らないらしいことを確認して、私は軽く驚いた。仙蔵なのに。 「仙蔵、放課後になってからなにしてたの?」 「放課後……? さっきお前と別れてから、部屋に戻って長次をからかって、委員室に行こうとしたら学園長先生に捕まって将棋の相手をさせられて、雑用を頼まれた。……それがどうした」 「……そっか」 実習とはいえ、さすがに仙蔵を探して学園長先生の庵まで行く子はいないだろう。つまり偶然が重なってるだけなんだろうけど、仙蔵なんてこういう実習で一番群がられそうなのに、内容も知らないなんて。てか今更だけど『長次をからかった』っていうのは、別に口に出さなくてもいいことじゃないのだろうか。 「じゃあ教えてあげるけど……。あのね、女子生徒は今実習試験中でね」 もう夜だし、仙蔵だし、まあいいかとざっと内容を伝える。一通り説明し終えると、仙蔵はすうっと目を細めた。 「それは、女子全員か?」 「気が進まない子は違うのに換えてもらえるんだけど、大抵の女子はしてると思う。あ、あと四年生以上の子だけね」 「……そうか。──。悪いがこれを頼む」 言葉と共に、仙蔵が持っていた書類を手渡される。慌ててそれを抱えた瞬間に、仙蔵はそれ以上なにも言わずに素早くどこかに消えて行った。 「……仙蔵?」 あ、押し付けられた。ということに気づいたのは、数瞬経ってからだった。 まあいいか、と私は今一度くの一教室に戻って山本先生に書類を渡して、今度こそまた食堂へと向かう。辺りはもう真っ暗で、食堂に近づくたびにご飯の美味しそうな匂いがした。それが食欲を刺激して、さてなにを食べようかなと逸る気持ちで食堂に入る。食券と定食を引き替えてから、くるりと食堂内を見回す。もうご飯時なのに、今日は珍しく程々にしか人がいない。同年の子や親しい生徒がいないのを確認して、適当にそこらの机に座った。 さていただきまーすと食べようとしたら、突然目の前に影が落ちた。反射的に見上げて、「あ」と声を上げる。 「こへ」 「、一人か? 一緒に食ってもいいか?」 言いながら正面の席に座るこへに、私は不思議に思う。 「うん、もちろんいいけど。みんないないの?」 私もそうだけど、大抵の生徒達は同年の親しい子達と机を囲む。こへも大体そうだ。そういえばともう一度辺りを見回しても、こへ以外に六年男子は見当たらない。 「いないんだよなー。もんじはもう食ったみたいだし、仙ちゃんいないし、長次も留三郎もいさっくんもなんか飯いらないって」 「……集団腹下し?」 「あー、前にくの一教室のせいでそんなんあったよなー。でも違うみたいなんだ。私にも分からん」 言いながらご飯を食べ始めるこへを見ながら、私はさっきものすごい勢いで投げやりになっていた男子生徒を思い出す。学園一血気盛んな六年男子が、なんの理由もなくご飯を抜くなんてありえない。まず間違いなくこっちの実習が関係しているだろうとは思うけど、まさかみんなあんな風になってるのだろうか。 「でもそんなの繊細すぎる……」 善法寺はなんとなく分からないでもないけど、食満と長次まで、というのはあまり考えたくない。 「ん? どうしたー?」 「心当たりがないでもないんだけどねー……ってあれ、こへ知らない?」 「なにがだ?」 素で聞き返されてもっと具体的な言葉にしようとしたけど、さすがに他学年もたくさんいる食堂内では憚られた。ま、あとでいっか。 「ん、あとでいいよ」 「そっか。……あ、、それ定食じゃないよな?」 「これ? うん、今日いいことあったから追加注文しちゃった。卵焼き。こへも食べる?」 「ほんとか!? じゃあ一個もらう」 「うん、どうぞー」 こへはいつも楽しそうにしてるけど、特にご飯を食べてるときは一段とそれが増す気がする。まぁあれだけ動いてればお腹も空くだろうし、その分ご飯が美味しいのかもしれないけど。 「じゃあ代わりに私の魚の骨をやろう! 茶漬けにすると美味いぞー」 「嫌がらせに聞こえるけどたぶん違うんだろうね……いいよこへ、気にしないで」 「はもっと食ったほうがいいぞ? 手とか足とか私の半分くらいしかないだろ」 「さすがに半分ってことはないよ。ほら」 私が手を開くと、お、とつられたようにこへも手を伸ばして手のひら同士を合わせる。いつも塹壕を掘っているからか固い肌の感触と大きさに、ちょっとびっくりする。……あれ、もしかしたら本当に半分くらいかもしれない。 「…………」 「なー? もっと食わないと駄目だぞ」 にーっと笑って、こへが手を戻す。私も手を引いて、箸を改めて持ち直した。 「てか、こへが大きすぎるんだと思う。女子はみんなこのくらいだよ」 「まあ、女の人で私より大きい人は見たことないけどな」 そりゃそうだろうね……と相づちを打とうとしたとき、こへがなにかを思い出すようにじーと自分の手を見つめていることに気づいて、一瞬だけ身体が強張った。でもすぐに元に戻る。慣れてるから。 そのままご飯を食べていると、「そういえば」とこへが声を上げる。 「、大事な用事っていうのは済んだのか?」 「ん」 口の中がいっぱいですぐに返事を出来ないでいると、こへは勝手に気づいたようにぱっと顔を輝かせる。 「あ、でも『いいことあった』って言ってたから終わったんだよな!? じゃあ飯食ったら私と一緒に自主トレ」 「終わってない、全然終わってないから!」 お茶で無理矢理口の中のものを流し込んでから、思いっきり否定した。 「えー。じゃあいいことってなんのことだ?」 「女の子の秘密」 つい口から出た言葉に、こへはきょとんとしてから、うーん、と首を傾げる。 「……私、なにか祝ったほうがいいのか。赤いもの……梅干し食うか?」 「うん、たぶん勘違いだから。ごめん、私も変な言い方しちゃった」 「じゃあなんなんだよー、教えてくれてもいいだろ?」 「あ、そうだこへ、卵焼きもう一つ食べる?」 「おう、食べる食べる! ありがとなー! ……さすがの私もそれじゃ誤魔化されないぞー」 言いながらも、私が差し出したお皿からこへは遠慮無く卵焼きを取る。それ以上はなにも聞かなかったから、誤魔化されるフリはしてくれるんだろう。 こへは基本的に、私が嫌だと思うことをしないでくれる。まあ自主トレとかはこへ自身が私が本気で嫌なのだと思っていないのだろうから例外だけど、それ以外のことではなにかを無理強いされたことも、嫌なことを言われたこともない。それはきっと、こへの私への気遣いなのだ。 「こへは今までずっとバレーしてたの?」 「ここに来るまでしてたぞ」 「相手はまた滝夜叉丸君?」 「いや、あいつ今日は見つからなかったら、そこらの暇そうなやつ誘ったんだ」 こへが話すのを聞きながら、私はそう、と相づちを打つ。そのままどうということもない雑談をしながら、私とこへはお互いにいつもより少し時間をかけて、晩ご飯を食べ終えた。 →後編 |