■ 現パロ小平太夢 2012/05/02 (水) 裏創作。ヤッてるだけ。甘くはないです。 小平太の欲には前兆がない。少なくとも、澪はそう思っている。 家に帰るまではまったくいつも通りだったのに、自室に戻って扉を閉めた瞬間、その扉に身体を押しつけられて唇を無理矢理重ねられることが度々ある。強引に一通りキスをした後、一言「やりたい」とだけ言って、ベッドに連れて行かれてしまう。 時間は勿論、なにをしていても関係ない。食事中でも話している最中でも、気付けば引き寄せられて押し倒されている。 今のところ毎日というわけでもないし、部屋以外で抱かれたことはないから、迷惑という程ではない。強引ではあるけれど、小平太は相手がその気でないとやる気を失うタイプらしく、本気で嫌がってるのに手籠めにされたこともない。 とはいえ、急に一人でその気になって手を出されるのは、精神衛生上あまり良くはない。抱き締め合うとか、軽いキスからとか、そういう心の準備が出来る前触れが一切ないからだ。 別に恋人同士ではないのだから、甘いやりとりはしないものかもしれないけれど。それでも、せめて始める前に「いいか」と聞くことくらいはしてくれてもいいんじゃないだろうか。 「……っあ、……こ、小平太……」 キスの合間に名を呼んで制止しようとしても、すぐにまた唇を重ねられてしまう。呼んだ名前も呼吸もすべて飲み込まれそうなほどに深く口付けられて、軽い酸欠に頭がくらくらしてくる。 今日のそれも唐突で、寝る前にソファで読書をしているときに友達から電話がかかってきて、通話ボタンを押したその瞬間だった。いきなり小平太に唇を奪われ、携帯電話は取り上げられて電源を切られた。そのままソファに押し倒されて、今に至る。 他の男と比べようがないから確かとは言えないけれど、小平太のキスは手加減というものがない。獣の咀嚼に近いんじゃないかと思うほどに深くて、長い。そのキスの勢いに呑まれている内に、いつの間にか服を脱がせられているのが常だ。澪はキスを受けるだけでも精一杯なのに、小平太は易々と準備を進めてくる。本気で嫌がってなければ制止しようとしても無駄なのは、初めての頃と変わらない。 急に甘い痺れが腰元に走り、小平太の指が下着の中に入り込んでいることに気がつく。股の間に潜り込んだ指は、少し乱暴な動きでも的確に熱が上がる場所を探ってくる。まだ経験の浅い澪を昂ぶらせるには十分らしく、キスをされたまま指で愛撫されると、少しもしないうちに下腹の奥が熱くなって、水音が響きだしてしまう。 じゅくじゅくと耳に届く卑猥な音に、ぞくりと澪の背に震えが走る。酸欠と恥ずかしさのせいで涙目になり始めた頃、ようやくに唇が離れ、下半身の下着だけを残したほぼ全裸な姿で、ベッドに連れ込まれる。 「んっ……、こ、小平太、指離して……」 「積極的だな、早く違うの入れて欲しいのか?」 「ち、ちが……」 笑いながら、小平太自身は上着だけを脱いで澪に覆い被さってくる。澪は脱がすくせに、自分自身はほとんど脱がない。そういう嗜好なのか他に理由があるのか、澪には分からないし、聞いたこともない。 離せと言われたせいか、小平太は逆に指をますます押しつけて一番熱の上がるところを狙い、澪が浅い呼吸に震えているのを楽しそうに観察する。どろどろと蜜が溢れ出してきた頃を図って、ゆっくりと小平太が指をナカに入れると、びくん、と澪の腰が跳ねた。 「やっ……やだ、だめっ……」 「はは、ナカぐちょぐちょだな」 「っあ……!」 指を増やして好き勝手にナカを貪りながら、小平太は今度は澪の胸に噛み付くように唇を寄せる。それこそキスと同じく咀嚼するように音を立てて舐められ吸われていると、もはや羞恥と熱の限界に、澪の足ががくがくと震え出す。気付いた小平太が、顔を上げて唇を吸いながら、ナカの指をそのままに、親指で膨らんだ陰核を擦り上げ始める。 「ひぁっ……! い、っい、や、……っあ、小平太、……だ、だめ」 「嫌とか駄目とか嘘つきだな、気持ちいいときはいいって言うように教えただろう? 嫌か?」 「っや、……あ、……あっ……!」 「こんなぐちゃぐちゃにして嫌なわけないだろ。ほんとは気持ちいいんだろ?」 耳元で低く囁かれると、絶頂が近いせいもあって頭の中が麻痺してくる。小平太の首に縋るように腕を回し、問われるままに震える声で答えた。 「き……もちいい……」 「うん、いい子だな。イッていいぞ」 「っは、……やああぁぁあっ!」 ぐるり、とナカの指がある一点を掠めた瞬間、どくん、と体内でなにかが弾け、澪の身体から一気に力が抜けた。 ぽんぽんと、小平太の手が頭を撫でる。 生理的な涙のせいで、前がよく見えない。身体に残る甘い痺れに澪がぼんやりとしていると、下着を取り払われた両足が持ち上げられて押し開かれる。カチャカチャとベルトを外す音の後、どろどろに溶けた場所に小平太の熱がひたりと宛がわれた。 「小平太……」 「腰、もうちょっと上げられるか」 「ん……」 「力抜いたままでいろよ、息止めるな」 小平太の唇が澪の唇の上を舐める。目を合わせたまま、ずずず、と澪のナカに指とは比べものにならない質量が入ってくる。 「あー……っ、はぁ……っあ」 「息しろ、ゆっくり。腹に力入れなくていい」 お腹いっぱいに埋め込まれる圧迫感に、浅い呼吸を繰り返す。小平太、と名を呼ぶと、ゆっくり唇を塞がれる。ぐちょぐちょとお腹の奥をかき回しながら、また深いところまでキスをされる。口の中も、腹の中も、どちらも小平太と繋がっている錯覚すら覚えるほどに、ぜんぶどろどろに溶けて行く。 澪のナカが小平太のそれに馴染み始めると、動きは一層速くなる。もはやなにも考えていられない。心地良いのか、辛いのか、嬉しいのか、分からないまま、涙が零れて頬を伝って落ちていく。 「……ふ、……あ、こ、へいた……こへ……」 「ん? どうした澪」 「……あ……っ、ひっ、あぁぁぁ!」 「なんだ、聞こえてないのか。可愛いなお前」 笑いながら、小平太が澪の腰を掴んで滅茶苦茶に揺すり始める。 その頃から、澪の理性はもうない。無理矢理高められた熱は身体の中で出口を探して渦巻き、やがて小平太の手で弾けさせられる。 小平太の動きが止まり、繋がったままお互いの鼓動を感じながら、ゆっくりと澪は意識を手放した。 大抵の女はそうかもしれないが、澪はセックスした後はすぐに寝てしまう。夜だけでなく朝でも昼でも同じだから、単に疲れさせているのだろう。 それを理解していても、特に罪悪感などは浮かばない。時折なんの夢を見ているのか泣きながらうなされている寝姿よりは、疲れて深く眠っているほうがよほど良いだろう。 ソファから澪の携帯電話を拾い上げて、電源を入れ直して充電器に差し込んでおく。無線機とノートパソコンをサイドテーブルから取り上げて、ベッドの上に戻り、眠る澪の隣で作業を始めた。 「……っん」 寒さでも感じたのか、澪が一瞬もぞもぞと身を捩る。片手で毛布をかけ直してやると、すぐにほっとした様子で眠りに落ちた。頭を撫でてやると、嬉しそうに小さく微笑む。 澪は寝ている間でも、頭を撫でてやったり手を繋いだりすると喜ぶように笑う。無意識の癖なのだろうが、男好きしそうな仕草だ。 自分以外の男に寝姿を見せる機会があるのかは知らないが、と小平太は手を戻して作業に戻る。 時刻はすでに真夜中を過ぎていた。灯りを落とした部屋の中、澪の小さな寝息とキーボードを叩く音だけが部屋の中に響き渡る。 その中に、ふいに異質な音が入り込んだ。か細い金属音。昼間いろいろな音に囲まれていては聞き逃しそうな、高周波の音だ。 小平太は胸ポケットから音を発する小型の携帯電話を取り出し、ディスプレイに表示されている発信主を見る。どこにでもある名字で登録された仲間のそれに、一瞬間を置いて着信ボタンを押した。 どこの言葉だろうか。聞き慣れない抑揚の言葉に、澪はゆっくりと目を覚ました。顔を上げると、起動したノートパソコンを膝に乗せたまま、その光に照らされて小平太が誰かと話しをしていた。相手の声は聞こえないから、きっと携帯電話だろう。 ぼんやりとした頭でなんとなくその会話に耳を傾ける。抑揚のない低い小平太の声が端的な単語で話しているのは、日本語ではない。英語でもない。フランス語か、イタリア語か。上手く働かない頭ではよく分からない。 小平太はやがて通話を終えて携帯電話を仕舞うと、そこで初めて澪に気づいたように目を向けた。じっと二人で見つめ合い、先に口を開いたのは小平太だった。 「寝てていいぞ。まだ夜中だ」 そして、小平太にしては優しく頭を撫でられる。もとよりはっきりと起きていたわけではない。身体を包む安堵感に力を抜き、澪はまた眠りについた。 少し前からとあるパロをねちねち書いてまして、そのエロ部分です。後半のは蛇足。 エロほんとに難しいです。 |
■ お題SSS(伊作夢) 2012/04/10 (火) 伊作リハビリ。恋仲後。 初めに感じたのは、草木の匂いだった。 長い冬がようやく終わり、春が訪れていた。雪に埋もれていた木々も花を咲かせ芽を生やし、野草も青々と茂り出す。 冬の間待ちこがれていたその匂いを感じながら、ゆっくりと目を開く。同時に、ふわりと頬を春の風が撫でた。 ──ねんねしなされ おやすみなされ ──あすはおはやに おきなされ おきなされ すぐ近くで、歌声が響く。落ち着いた、柔らかい声。どこか聞き覚えがあると思いながら、幾度か瞬きを繰り返す。拓けた視界には、春風にそよぐ野花があった。 身体を動かそうとして、思った以上にそれが億劫なことに気づいて戸惑った。開いていた手をゆっくりと閉じると、その動きだけで腕に引きつるような痛みが走った。 ──あかいべべきて あかいじょじょはいて ──あすはおてらへ まいろいな まいろいな 頭の後ろを、そっと柔らかなものが触れる。撫でられていると気づいたのは、一瞬後だった。 ──なんぼないても このこはかわい その声が誰のものか分かった途端に、はっきり目が覚めた。 「……澪?」 「あ、おはよう伊作君」 上を見ると、僕を覗き込む澪の顔があった。どうやら僕は草の上に寝て、澪の膝に頭を乗せているらしい。先程聞こえていた寝かし唄も、頭を撫でていたのも澪だったんだろう。 「あれ? なんで澪……、っ、痛!」 「だ、大丈夫?」 起き上がろうとして、手足に痛みが走った。堪えて上半身を起こしてみると、なるほどあちこちに打ち身が出来ている。その他にも細かな擦り傷が幾つもあった。 それで思い出した。澪を見ると、澪は僕の意図を察したのか一つ頷いて、横手へと視線を向けた。すぐ傍の、急な斜面。そこから転がり落ちてきたんだよ、と澪の目が言っていた。 「澪、怪我してない?」 「大丈夫。右腕ちょっと擦っちゃっただけだから。ざっと診たけど伊作君も骨に異常はないと思うよ」 「うん、たぶんそうだね」 一応自分の身体を改めて調べてみたけど、とりあえずさほど酷いものはなさそうだった。情けないことに打ち身くらいなら日常茶飯事だから、そうと分かれば痛みも軽くなる。 気づいて辺りを見回してみたけど、下げてきたはずの籠は見当たらなかった。たぶん落としてしまったのだろう。 少し前の予算会議でまたしても不運で減額されてしまい、いつものように近くの山に薬草を採りに来たところだった。そこらの木の根に引っ掛かって転んだところを隣の澪を巻き込んでしまい、二人して倒れた先がなんと斜面でそのまま勢いよく転がり落ちてしまった、というわけだ。僕は今まで気を失ってしまっていたんだろうけど、この程度の怪我で済んで本当によかった。 「ごめん、僕の不注意で危ない目に遭わせて」 「え? 最初に転んだのは私だから、謝るなら私じゃないかな」 「え、木の根に引っ掛かったのは僕だよね?」 「でも私も小石につまづいてたし」 僕を庇っているのではなく、澪も不思議そうに首を傾げている。じっと二人で顔を見合わせて、やがて同時に笑った。謝罪はもういらない、とお互いで理解し合ったからだ。 「さて、早く帰らないと陽が暮れてしまうね。その前に川で擦り傷だけ洗おうか」 「そうだね。化膿したら大変だし」 澪が先に立ち上がり、僕に手を差し出してくれる。有り難くそれに甘えて、支えてもらいながら立ち上がった。手を繋いだまま、改めて身体の調子を確かめた。 関節を曲げる度に、そのほとんどから痛みが響く。安静にしていれば治るものばかりだからそう大したものではないけど、痛めた箇所が多い。どうしても動きが少しぎこちなくなってしまうのは避けられない。 「伊作君、大丈夫? 歩ける?」 「うん、大丈夫。ちょっと時間かかるかもしれないけど」 心配そうに澪に言われて、少し情けなくなった。一緒に落ちたのに、澪はほとんど怪我をしてないみたいだから。もちろん、澪が怪我をしていないのはすごくいいことなんだけど、なんだかかっこ悪いところしか見せられないのは、男としてどうだろうか。今更なんだけど。 僕が少し沈んでいるのが分かったのか、澪は不思議そうに僕の顔を覗いてくる。ぶんぶんと首を横に振ると、澪は目を瞬かせる。 「……いや、澪はあんまり怪我してないのに、僕は満身創痍でちょっと情けないなって」 誤解させても嫌だしそう伝えると、澪はぴたりと動きを止めた後、どうしてか顔を赤らめた。照れたような困ったような素振りで視線を宙にさまよわせ、それからはにかむように僕に微笑む。 「覚えてないんだ、伊作君」 ぎゅっと、繋いだ手に力が込められた。 「一緒に落ちたのに伊作君だけ怪我してるのは、伊作君が不運だからとか情けないからじゃないよ」 「え?」 「伊作君だけ怪我してるのは、一生懸命私を庇ってくれたからだよ」 ふわりと澪が微笑む。ありがとう、と続いた言葉に、今度はこっちの頬が熱くなった。 「そ、そうだっけ」 「うん。すごく嬉しかったよ」 腕を引かれて促され、ゆっくり歩き出す。澪は照れくさいのか先導してくれるのか、僕より一歩だけ先に進んでる。 そうだな、と思う。僕が怪我をしただけなら不運かもしれなくても、誰かの代わりになれるならそれは不運じゃなくて幸運だろうから。 「澪」 「なあに?」 「怪我は僕がするから、澪は僕の怪我を治してくれるかい?」 振り向いた澪は少し考える素振りを見せた後、苦笑を浮かべた。 「それはちょっと嫌かな」 「え?」 「全部はんぶんこにしようよ。怪我するのも、治療するのも、……これからも」 「これから?」 「うん」 ──時間とか未来とか思い出とか、これからの全部。 またぎゅっと繋いだ手を握られる。 これからの、全部、はんぶんこ。 返事の代わりに、僕からも強く握り返した。 お題:『森の息吹に胸が苦しくなった。 』(伊作夢) お題提供:『Abandon』様 ギップリャー。熟年夫婦書くつもりがギップル出てきた。 このお題初めて見たとき花粉症ネタにしようかと思ったんですが、めちゃくちゃ私意が入りそうでやめました。 |
■ 竹谷八左ヱ門連載夢『常闇に差す光』第三話 2012/03/31 (土) 小平太夢のほうものんびり書いて行きたいです。 全部見たし、全部聞いた。 澪が俺を見て動揺して行為に集中出来なくなったのも、七松先輩にそれを見透かされて、無理に忘れて達したことも。 澪は呆然と俺を見上げた後、慌てた様子で自分の装束の上衣を掴んで、剥き出しの腰元を覆う。すでに腕や足どころか顔にまで七松先輩の精を散らされているのに、今更隠してもあまり変わらないんじゃないだろうかと思うが。 七松先輩に喘がされる声も、七松先輩しか映していない瞳も、まざまざとまだ頭に張り付いていた。 「竹谷……」 震える声で、澪が俺の名前を呼ぶ。青ざめた顔。それは羞恥なのか、怯えなのか。 間近で見ると、澪の様子は酷かった。身体中に精がこびり付いていて、官能的なのを通り越して半ば痛々しい。懐から手拭いを取り出して、澪に投げた。 「……あ」 「使えよ。……使ったら捨てて構わないから」 反射的に受け取った澪に告げると、澪はなぜか酷く傷ついた顔をした。俺の手拭いを両手でぎゅっと握り締めて、顔を伏せる。 「ご、ごめんね」 「……盗み見たと思われたら嫌だから、声かけただけだ。安心しろよ、誰にも言わないから」 澪は俯いたまま、「う、ん……ごめんなさい」と小さく震えながらまた謝った。俺の声が冷たかったからかもしれない。 「別に、謝って欲しいわけじゃない。勝手に見たのは俺のほうだし。……それは、ごめん」 びくり、と澪の肩が揺れて、おそるおそるという風に顔を上げて俺を見る。昨日嬉しそうに微笑んでくれた澪とは、とても同一人物だとは思えなかった。 腹の底が炙られたように、どす黒い感情が溢れ出す。……どうして。七松先輩は、こんな酷い仕打ちをしているんだろうか。 「あのね、竹谷……、……──あ」 「おい、澪!」 なにか言いかけた澪が、突然に崩れ落ちる。駆け寄ったけれど、ぎりぎりで間に合わなかった。浅い呼吸を繰り返す澪に腕を伸ばし、支えるために軽く抱く。 「大丈夫か、お前」 「ご、ごめん……ただの貧血だから」 力の入っていない澪の身体は、俺よりずっと冷たかった。顔が青ざめていると感じたのは、精神的なものだけではなかったらしい。 「だ、大丈夫だから、竹谷」 澪はまだ貧血から回復していないのに、震える手で必死に俺から離れようとする。触られるのが嫌なのかと思ったけど、そういう拒絶とはまた違うように見えた。澪は多分、俺に、触れないようにしている。 「まだ起き上がれないだろ。しばらく休んでろって」 「や……、だって、汚れたら嫌でしょう、竹谷」 血の気の引いた顔で、澪は戸惑うように俺を見上げる。ようやくに情交の跡のことかと気付いて、苛立ち混じりに無理矢理に抱き締めた。 「っ、だ、だめ竹谷、汚れるから」 「いい。……いいから、落ち着くまで大人しくしててくれ。このままお前を放り出したら、俺が後味悪いんだ」 たぶんこう言ったほうが、澪にとって楽だろう。事実澪はようやく力を抜いて、俺に身体を預けてくれた。 七松先輩の匂いがする。 澪の髪からも、腕からも、……全部から。手を伸ばして、せめてもと澪の頬を拭う。固まりかけていた七松先輩の精は、指で幾度か撫でると一応は拭えた。 「……ありがとう」 察したのか、小さく澪が礼を言う。違う。単に俺が、見ていたくなかっただけなのに。 俺の腕の中で、澪がゆっくり目を閉じる。伝わる鼓動も浅い呼吸も、俺のものより速い。俺が見に来るまでどれほど睦んでいたかは知らないが、あんなに乱暴に抱かれていては、体調を崩すのも当然だ。 ついさっき、七松先輩から受けた精を、自分でかき出していた澪が浮かぶ。あの時溢れて太股を伝っていた精が、まだ澪の脛や足首にまでこびりついている。いくら、なんでも。いくら合意の上でも、やり過ぎだ。 ……ふいに思い出して、俺は澪の腕に触れる。肌の接触に薄く目を開ける澪に気付かれぬよう、七松先輩の精を拭いながら。 澪の右腕。昨日見た、赤く腫れたような痕。二の腕に沿って肩へと手を滑らせて袖をゆっくりめくり上げると、間違いない。──噛み付かれたような唇の痕が、無数につけられていた。明らかに、度を越すほど執拗に。 腹の奥底から、怒りが湧き上がる。俺は澪が寝る相手に文句をつけられる立場じゃない。だけど、これはどう考えても、やり過ぎだ。 腕の中にある澪の身体を、少しだけ力を入れて抱き締める。俺にだって易々と抱えられるほどの、華奢な身体。間違ってる。絶対に、こんなのは間違ってる。 「竹谷、……ありがとう」 しばらくして、ゆっくりと澪が身体を起こす。先程よりは、少し顔色も良くなっていた。束ねていない髪に手を伸ばし、澪はまだ僅かに震える手で、髪を一つに纏め始める。 「本当に大丈夫か」 「うん、大丈夫。いつものことだから……平気」 心配させまいと言ったのだろう澪の言葉に、逆に怒りが募った。 いつものこと? これが? 「澪」 「ごめん竹谷、少しだけ後ろ向いててくれる?」 髪を纏め終えた澪は、弱く微笑んでいる。なにかを諦めたように。 無言で澪に背を向けると、背後から衣擦れの音が響いた。 澪のことが好きで、澪と睦むような下卑た想像は俺だってしたことはある。だけど、こんな。こんなのは、やっぱり違う。 体調の悪い澪を置いて、七松先輩は自分だけ去っていった。きっとあれだって、全部いつものことなんだろう。……違う。あれのどこが恋仲だよ。 「もういいよ」 澪の声に、振り向いた。澪はいつもの制服の装束姿で、ざっと身体を拭ったのか、表面的にはもう情交の跡は見えなかった。 「ありがとう。迷惑かけちゃったね」 「……いや、別に、そんなのどうでもいいけど」 澪は草の上に座って、じっと俺を見つめている。なにかを請う視線に、立ち上がって少し澪との距離を詰めた。目前に座っても、澪はなにも言わなかった。 お互いに話し出すことなく、少し時間が経ってから。 澪は自分を落ち着かせるように、ゆっくりと息を吐いた。 「……あの、ね」 少し言いにくそうに、澪は俺から視線を逸らして俯いた。両手を膝の上で握り締め、もう一度息を吐く。 「なんだ」 「あの、竹谷、さっき誰にも言わないって言ってくれたよね?」 「……ああ。誰にも言う気なんかないから」 澪が七松先輩と睦んでいたなんて、そんなこと、わざわざ他人に言う意味は俺にはない。 「あ、ありがとう……。ごめんね、そうしてくれるとすごく嬉しい。七松先輩は気にしないかもしれないけど、……私は、は、恥ずかしいから」 澪が膝の上で強く握り締めている手が、また小さく震えている。 その手は細くて白くて、子どものものかと思うほど華奢に見える。手だけじゃない、その肩も足も全部。……どうして乱暴な七松先輩に許しているのか、改めて嫉妬と怒りで頭が煮えた。 俺の怒りの気配を察したのか、澪がびくりと震える。一度目を伏せ、それからおずおずと俺の顔を見上げて。 「軽蔑した?」 「……軽蔑?」 思いも寄らぬ二文字に聞き返すと、澪は強張った顔で小さく頷く。 「竹谷、怒ってるんだよね? ……昼間から、外で……」 「……ん」 俺が始終冷たい態度で、突き放したようなものの言い方しかしないからだろう。俺は今まで澪の前で、そんな態度を取ったことがないから。 ……澪が悪いわけじゃない。優しく言えなかったのは、澪のせいじゃない。それは確かだ。 怯えさせたいとは思っていない。渦巻く感情を極力押さえつけて、冷たい物言いにならないように答えた。 「……その、別に怒ってるわけじゃないんだ。……ごめんな」 「そうなの……?」 「ああ」 頷くと、澪はたぶん今日初めて、柔らかく笑った。安心したように、身体からも少し力が抜けたのが見て取れる。 「澪」 「……うん? なに?」 緊張が解けたように、澪は俺に笑顔を向けてくれる。いつもの澪。俺が好きな女の子だ。俺は澪のことが昔から好きで、誰よりも大事にしたくて、出来れば俺のことを好きになって欲しくて、 ……けれどそれが無理なら、せめて幸せになって欲しかった。 「お前さ、今の状態で満足なのか」 「え?」 俺の言葉に、澪は虚をつかれたような顔になった。 「なんのこと?」 「七松先輩に、ただの道具みたいに扱われても満足なのかって聞いたんだ」 道具、と言った瞬間に、澪の顔がさっと青ざめた。咄嗟に身を引きそうになる澪の腕を掴み、ほぼ無理矢理に引き寄せる。 「ち、違う! 道具とか、そんな」 「自分の都合で飽きるまで抱いて、自分だけさっさと帰って、お前が体調崩してるのにも気付かないで、それのどこが違うんだよ!」 「そんなことない。今日は私の体調が悪かっただけなの。七松先輩は用事があったし、だから仕方ないの」 「お前さっき、体調崩すのはいつものことだって言ってたよな? 恋仲に口挟むのは余計な世話かもしれないけど、七松先輩のやり方は酷すぎるだろ! 手荒く抱いておいて、そのまま放置して!」 他人の行為に文句をつける気なんかないけれど、澪みたいな華奢な女の子相手に、いくら合意の上でもあまりに自分勝手な抱き方だ。あれが澪の望むことだとしても、孕めと言わんばかりに中に出すような、受けた精を自分でかき出さなくちゃならないような、全身どこも精液まみれにされるような、そんな行為はまともじゃない! 「大体、七松先輩はお前だけじゃなくて、たくさんの女の人と遊んでるじゃないか! 澪だって知ってるんだろう、お前がいるのに女遊びをして、その上自分本位で! 俺には、七松先輩がお前を大切にしてるとは思えない!」 「……違うよ」 ぽつりと、澪の声が落ちる。見ると、澪は力なく首を横に振り、悲しそうに笑っていた。 その表情に戸惑って、続けようとした言葉を飲み込んだ。 大切にされていないわけじゃない、ということだろうか。でもあれでは、あまりに澪が可哀想だ。 けれど。次に澪が続けた言葉は、そんな単純なものじゃなかった。 「私と七松先輩はね、恋仲なんかじゃないよ」 「……は?」 唖然とした俺に、澪はゆっくりと、もう一度同じ言葉を繰り返す。自分にも言い聞かせるように。 「恋仲なんかじゃないの。だから……いいの。別に」 「……な」 瞬間、頭の中が白くなるほどの怒りを感じた。 「なんだよ、それ……!」 反射的に出た怒声に、澪はびくりと震えて、けれどまた笑う。悲しげに。 「そのままだよ。七松先輩には、他に好きなひとがいるの。だから私とは、寝るだけ」 まさか、こんなときにくだらない冗談など言わないだろう。けれど……。 恋仲じゃ、ないのなら。 「じゃあ……どうして七松先輩は、お前の中であれだけ出したんだ。孕んだらどうする気だよ!」 恋仲でも、夫婦になる前はするべきじゃない。恋仲じゃないなら尚更だ。七松先輩が澪に対して真摯に責任を取ろうとしているようには、俺にはとても思えない。 「大丈夫、多分孕まないから」 「周期でか? 孕まないなんて絶対じゃないだろ。本当になにかあったとき、お前どうするつもりだよ!」 「避妊によく効く薬、飲んでるから」 その言葉を理解するのに、時間がかかった。薬? 薬、って。なんだ。 澪は押し黙った俺を見上げて、ゆっくりと続ける。無感情に努めているような、固い声。 「堕胎薬に近いものだし、これも完璧じゃないけど。それ飲んでるから、……たぶん大丈夫」 ──どうして。 「どうしてだよ! 七松先輩がそうしろって言ったのか!? おかしいだろ、恋仲でも夫婦でもないのに!」 「言ってないよ、七松先輩はなにも。ただ、先輩は中で出したほうが好きみたいだったから、それで」 好きみたいだから、だ? ふざけてる、そんなことのために! 「どうしてそこまでするんだよ! お前のことを大切にしない七松先輩なんかのために!」 「七松先輩が好きだからだよ!」 澪の瞳から、涙が零れた。 赤い目尻から溢れた涙が、頬を伝って俺の腕に落ちる。 「おかしい、のかな」 涙を拭おうともせず、澪は顔を上げて俺を見る。 「私、おかしいのかな、竹谷」 「澪……」 涙を流す澪に気圧されて、なにも言えなくなる。いつの間にか澪の手を離していた俺の腕に、逆に澪が手を伸ばす。縋るように。 「七松先輩はね、本当に私を道具みたいに扱ってるわけじゃないの。いつ会っても笑顔で名前呼んでくれるし、お菓子とかくれることもあるし、本当に体調が悪かったら無理に抱こうとしないし、抱いた後は褒めてくれるし、可愛いって言ってくれるし、こんな身体でも喜んでくれるし、制服で隠れないところには痕つけないし、私のことも考えてくれてる」 一気に告げて、澪は息を吐いた。吐息は泣き声になって、次いで喘ぎになって。 「……好きなの、七松先輩が」 ぎゅっと、澪の指が俺の腕を掴む。ぼろぼろと、涙を流しながら。 「七松先輩が、大好きなの」 「だからって!」 「好きだから! 好きだから、私を好きになって欲しくて、そのために努力するのはおかしくないよね? 七松先輩が喜んでくれるように、少しくらいのことは我慢するのは普通だよね? 私は七松先輩にもっと褒めてもらいたいし、もっと一緒にいて欲しいし、もっと、……私が欲しい意味じゃなくても、好きだって言ってもらいたい!」 澪の言葉に、さっき澪と七松先輩が睦んでいたときのことを思い出した。澪と七松先輩の、会話。 『……す、好きです、七松先輩……!」 『はは、私も好きだぞ、澪』 ……ああ、そうか。ようやくに、澪の言うことが理解出来た。 七松先輩のあの言葉だけが欲しくて、澪は七松先輩に抱かれたのか。 ──そんなのってあるか。 「ふざけんな! お前が七松先輩を好きだって、七松先輩は知ってるんだろ!? それで身体だけっておかしいだろ!」 「わ、分かんない。私ちゃんと言ったことないから。だから先輩が知ってるかどうか」 「気づいてるに決まってるだろ、それでお前のこと利用してるんだよ! どうして分からないんだよ!」 「いいの!」 こちらの言葉をかき消すような、悲鳴に近い叫びだった。 「いいの! ……利用されてても、いいの。竹谷が言うとおりに道具でもいいの。だって私が七松先輩の傍にいるには、それしかないの! 私はそれだけしか引き替えにできないから!」 「……お前は、七松先輩の傍にいるためなら、自分なんかどうでもいいのか」 「七松先輩に好きって言ってもらえるなら、それでいい! そう思って、ずっと前からあのひとに抱かれてきたの! 不潔だと思う? 汚い女だって思う? でも、私にはこれだけしかない。七松先輩にとって、私の価値はそこにしかないの!」 「────価値、かよ」 価値? 身体だけの価値? なんだよそれ。……なんだよ。 「お前、絶対間違ってる」 好きな相手を想う気持ちも、一緒にいたいって気持ちも、俺には痛いほどよく分かる。好きなやつに求めてもらえるなら、なんでもしたいという感情も。 でも、違う。こんな歪んだやり方で、澪が幸せになれるはずがない。 「お前、ただそれだけのために七松先輩に身体ぼろぼろにされて、挙げ句孕まされて捨てられるのか」 「……そ、そんな言い方やめて」 「だってお前、道具なんだろ? 七松先輩、いろんな女の人に手ぇ出してるだろ。そのどれも好き勝手に孕まして放置して、不幸にするんだろ。お前だってその中の一人でしか──」 頬に鋭い痛みが走り、無理矢理に言葉は途切れさせられた。見ると、澪は泣きながら俺を睨み付けていた。俺の頬を張った手を、ゆっくり下ろしながら。 「わ、私のことはいくらでも言ってくれていい。でも七松先輩のことを悪く言うのはやめて。……あのひとのこと、大好きなの。ほんとに、好きなの」 最後はほとんど泣き声だった。おねがい、と呟いた後、澪は目を閉じて俯いた。流れた涙が、地面へとぽとりと落ちていく。 肩を震わせて、澪は涙を流し続ける。その澪を見ているうちに、言いたかったことが消えていった。 「……ごめん」 俺の言葉は澪をただ傷つけるだけで、澪を癒すことも助けることも出来ないのだ。 それが分かった途端に怒りは消えて、代わりに空しさと悲しみが溢れた。 今の俺は、こいつになにもしてやれない。 俺がなにを言っても、なにをしても、きっと泣かせるだけだ。 俯いている澪に手を伸ばそうとして、やめた。立ち上がり、澪に背を向ける。頭の奥がじんと痺れた。 澪の気配が揺れる。引き止めようとしたのかもしれない。でも結局、澪はなにも言わなかった。 歩きだして数歩のところで、背後から押し殺した泣き声が聞こえてきた。ななまつせんぱい、と幼子が母を呼ぶような寂しそうな声。 「……俺さ、お前のことが好きなんだ」 聞こえないと知りつつ、呟くように言った瞬間、視界が緩く揺れた。ああ、何年ぶりだろうか。 下級生の頃に初めて酷い怪我を負ってからか。それとも同級生と喧嘩をしたときからか。 頬に流れた涙を拭うことなく、振り返らずに歩き続けた。 |
■ 竹谷八左ヱ門連載夢『常闇に差す光』第二話 ※閲覧注意 2012/03/30 (金) 裏創作です。一話目の注意書き必読でお願いします。 上級生の俺達にとって幸運だったのは、次の日の授業が全て自習になったことだ。 なんでも朝方まで続いたらしい裏々山マラソンは、ほとんどの下級生がゴールにたどり着けないほど過酷だったらしく、残りの体力を振り絞って学園に帰ってきた下級生は次々にぶっ倒れ、教師陣はその手当てと後始末に追われ、結果、授業などやっていられないと判断したらしい。 忍術学園では徹夜で鍛錬するなんて日常茶飯事だけど、さすがにまだ幼い下級生には酷だったのだろう。学級委員長委員会として付き添っていた三郎と勘右衛門も、『ありゃ上級生でも音を上げる』とため息を吐いていた。 もともと明日は休日だったから、自習という名目とはいえ、上級生にとっては実質二連休のようなものだ。下級生達には悪いけど、これは正直、素直に嬉しい。 「ま、つまり今日も生物委員は俺一人ってことだよな」 もしかしたら孫兵なら動けるかもしれないけれど、せっかくだから休ませておいてやるのがいいだろう。昨日と違って、今日は降って湧いた休日だ。一人で生物委員会の仕事をしても、大変ということは全然ない。 「じゃあ八左ヱ門、委員会に行くの?」 「ああ。小屋の戸とか修理するところあるしな。お前達も委員会か?」 「うん、俺と三郎は昨日の後始末だよ。まだ放置してる罠があるし、あれ早く回収してこないと猪とか掛かるかも」 「いいねー! 三郎、猪掛かってたら今日の夕食ぼたん鍋ね」 「任せとけ雷蔵、でかい猪狩ってくる」 「いやわざわざ狩らなくてもいいけど」 「豆乳用意しておくから豆乳鍋にしよう。肉の臭みもとれるし」 「うさぎとかキジとかも掛かってるといいよねー」 「ついでに魚と野菜もな」 わいわい話し合いながら朝食を済ませた食堂を出て、同級生達と別れて生物小屋に向かう。途中修理道具を借りるために用具倉庫に立ち寄ると、中で食満先輩が黙々と作業をしていた。空いた時間に少しでも委員会の作業をしておこう、というのはどこの委員会でも変わらないのだろう。 「よしっ……と」 生物小屋に着いて、ざっとあちこち手を入れるところを見て回る。馬小屋に入ると、一瞬子馬が嬉しそうに近寄ってきて、次いでしょんぼりとした様子で尻尾を小さく振る。澪が来たと思ったらしい。 昨日遊んでもらえたのが余程嬉しかったのだろう。時間が余ったら俺も構ってやろうと、軽く子馬の頭を撫でる。あのおねーちゃんは?と目で問う子馬に「俺もすごく来てほしいけど、残念ながらあいつは生物委員じゃないからな。俺もすごく来てほしいけど。むしろ嫁に来てほしいくらいだけど」と熱弁した。 それならいいもん、と一人遊びに向かう子馬を見送り、とりあえず馬小屋からすることに決めて、俺は脆くなった箇所の修理を始めた。 一刻ほど作業をしたところで、材料が足りないことに気がついた。馬小屋の修理を終えて小動物小屋に向かうと、前々から傷んでいたウサギの檻の一部が今にも壊れそうになっていた。ウサギが脱走しても毒や危険的な意味での被害はないだろうけど、こいつらは虫遁術用の教材でもあるし、易々と逃がすわけには行かない。用具委員の手が空いているときに檻を新しく作ってもらうことにして、とりあえず応急処置で補強しておこうと、材料の木材を取りに行くことにした。 生物小屋はその特性から(動物の臭いとか毒性の生き物の危険性とかだ)、あまり共用場の近くにはない。人通りも少ないし、下級生は特に用がなければ近付かない。夜中になれば自主練習とかで上級生が通りがかることもあるけれど、基本ここは人気のない場所だ。 つまり手入れもされていないから、近辺の草木は好き勝手によく伸びている。その分、こういったときの材料調達には困らないんだけどな。 適当な太さの枝を拾おうと、木立の中に足を踏み入れる。木の根元なんかにわさわさ生えてる食用草を見て、晩飯のことを思い出した。ぼたん鍋とまでは期待していないけど、鳥鍋くらいは食べたいよな。本来自習とはいえせっかくの休日だし、委員会の仕事が終わったら三郎と勘右衛門の手伝いに行って、帰りになんか狩ってくるか。 ──と。 そんなことを考えながら歩いていた俺は、ふいに耳に入ってきた音に足を止めた。人の声、のようなものだ。 聞き間違えだろうかと思った瞬間、また微かに同じ音が耳を打つ。人の声だろう、としか分からない程度のものだが。 誰かが近くで特訓だとか委員会活動だとかをしているのかもしれない。下級生は出歩いていないだろうから、上級生なのは間違いない。例えば四年の三木ヱ門や滝夜叉丸が火器や戦輪をぶっ放していたり、喜八郎が穴を掘りまくっていたり、六年生の先輩方が鍛錬しているのかもしれない。刷り込まれた危機意識で、とりあえず誰がなにをしているのか確かめようと、俺は声の聞こえた方向へと足を向けた。 ざわざわと、木立を通り抜ける風の音が響く。天気が良いから日光は十分に注いでいるけれど、鬱蒼としたここはそれでも少し薄暗かった。ただの鍛錬なら構わないが、鬼ごっこだとか喧嘩だとかされていては生物小屋に被害が及ぶ可能性もある。特に立花先輩の宝禄火矢とか、飛んできたら一発だし。 音の出所がよく分からないままに歩いていると、ふいにまた声が聞こえた。間違いない、はっきりと人の声だと分かる抑揚だ。けれど大声や話し声ではない。呻き声、泣き声……いや、それも違う。一人ではないのかもしれないなと思いながら、集中して耳を澄ませて歩き続けた。 「……ん?」 足を止めてしまったのは、次に声が聞こえてきたときだった。高い、……若い女の声。そして、それより低い、たぶん男の声。 この時点で、なんとなく声の正体には薄々気が付いてはいた。足音と気配を極力消してもう少し歩みを進めると、声はすぐ近くに、そして何本か生い茂る草木の向こうに、曖昧ながら人影が見えた。 「や……ま、待って、せんぱい」 「なんだ、まだまだ大丈夫だろう、ほら」 「やっ、ん! あ、……せ、せんぱ、……あ! やぁぁ!」 ……想像した通りだ。嫌な方向に当たってしまった予想に、げんなりした。 淫らな嬌声、男と女。先輩、と呼ぶからには学園生徒同士だろう。あー、嫌なものを見つけてしまった。しかも、その男の声には聞き覚えがある気がする。 「はは、あったかいな、ぐちょぐちょしてる」 「ん……な、七松先輩……ひゃあ! あ、や、そんなにしたら……」 七松先輩。 耳に飛び込んできた名前に、思わず呆れた。そりゃ聞き覚えがあるはずだ。ああ、さらに嫌なことを聞いてしまった。顔をよく知っている相手の情事なんて、頼まれても見たくない。大体、七松先輩、明日女のひとと逢い引きだって言ってたのに、こんなところに女子生徒連れ込んでるとかどんだけだよ。 まったくもって、告白の一つも出来ない自分とは次元が違う。やや情けなくなってきて、とりあえず知らなかったふりしてさっさと戻ろう、と踵を返しかけた。 そのときだった。 「ん、いいか? ほら、ここが好きだろ?」 「はっ! やぁ……せんぱ……む、むりです」 微かに、違和感を覚えた。 七松先輩じゃない。……女の声の方だ。 まさか、と思う。 「前だって悦んでたじゃないか。ここが気持ちいいんだろ?」 「ち、ちが……! あ、は、激しいです、七松先輩……!」 「そんなこと言ってもすごく締めてるぞ、やらしーな、澪」 ──その名前を聞いた瞬間。 頭を殴られたような衝撃が走った。 聞き覚えのある男女の嬌声。淫らな水音。普段ならば、他人の睦み合いを覗き見する趣味なんて欠片もない。 けれど。 何本かの木々の向こうに、微かに見える人影。一つ、二つ、生い茂った枝葉をよける。 視界が、開ける。 草の上で、向かい合って睦み合う男女。 それは七松先輩と、 「あ……ん、あ……せ、せんぱ……」 「澪は泣き虫だな、すぐ泣く。……そんなにいいか?」 「は、はい……気持ちいい、です、七松先輩……」 澪。 昨日会ったばかりの、俺の好きな女。いつもの明るくて優しい姿からは想像できない、『女』の姿。七松先輩に攻められて、泣きながらしがみついて、嬌声を上げて。 誰にでも優しくて、動物達にも微笑んで、子馬と遊んでやっていた澪。 今目の前で、七松先輩に喘がされている澪。 脳が認めることを拒絶しているのに、それでも俺の冷静な部分が断言する。澪だ。……あれは、俺が好きな澪だ。 ──駄目だ。 澪の嬌声が、頭に沁みていく。鼻にかかるような、七松先輩、と喘ぐ甘い声。無理矢理ではないことは確かだった。澪は七松先輩に抱かれている。たぶん、自ら望んで。 ──駄目だ。 他の男ならばいいとか、そういうわけじゃない。だけど、七松先輩は、駄目だ。 女好きで、遊び呆けていて。どうしてそんな七松先輩と澪が睦んでいるのか、さっぱり分からない。恋人同士なのか? おかしいだろ、それならどうして七松先輩は、澪がいるのに女遊びなんかしてるんだよ! 怒りなのか嫉妬なのか、それとも単なる驚愕だったのか、そのとき渦巻いていた絶望に似た感情がなんなのか、よく分からない。 俺は澪のことが好きだ。その澪が、他の男に抱かれているところなんて、絶対に見たくない。 なのに、目が離せない。頭に昇った血が下りてくれない。ここからすぐ離れなければいけない。気付かれないうちに、早く。そう思うのに、動けない。 「膝、崩すなよ。そのままな」 「あ、はっ、はい…………、はぁ、んっ、せんぱい……」 ──澪。 心の中で呟いた名前。それが聞こえたはずがないけれど。 七松先輩にしがみついていた澪が、ふいにこちらに視線を向けた。 咄嗟に隠れることも、逃げることも出来たはずだ。けれど俺はそのどちらもせずに。 澪と、お互い視認出来るほどの時間、確かに目が合った。 「澪は泣き虫だな、すぐ泣く。……そんなにいいか?」 「は、はい……気持ちいい、です、七松先輩……」 鋭く中に突きつけられて喘ぎながら、私は息も絶え絶えに答える。私の身体はどこも七松先輩の体液でべとべとで、中には乾きかけて鈍く痛むところすらある。ぐちょぐちょに繋がった腰元が熱く、もう私は体力的に限界のはずなのに、七松先輩自身を突きつけられる度に腰が跳ねた。 剥き出しの乳房にしゃぶりつくように、七松先輩が私の胸を愛撫する。激しい手つきで形が変わるほどこねられて、咀嚼するかのように甘噛みを繰り返される。抽出と合わせての愛撫に、たまらず喘ぐ。七松先輩は悲鳴のような喘ぎが好きで、頭を抱くようにして耳元で喘ぐと、お返しだと言わんばかりに固く張り詰めた乳首を思いきり舐め上げられた。 「膝、崩すなよ。そのままな」 「あ、はっ、はい…………、はぁ、んっ、せんぱ……あ、あぁぁ!」 その言葉と共に、今までのが遊びだったのかと思えるほどに、七松先輩の動きが早くなる。突き上げられる。子宮口に届く七松先輩自身が、ぐちょぐちょと私の中を抉る。その強さにたまらず悲鳴を上げて、七松先輩にしがみつく。七松先輩の手が私の秘所に触れて、一番感じるところを指でぐりぐりと刺激する。だめ、達する。追い立てられるような快感に、頭が白くなりかけた、その時、 ──目が合った。 木々の向こう。生徒。五年生の男子の制服。じっとこちらを見つめる瞳。 知っているひとだ。顔も、名前も。 ……竹谷? 熱に浮かされていた頭が、すっと冷えた。 「やっ……!」 咄嗟に顔を背ける。その一瞬で身体の熱は大分削がれてしまったけれど、七松先輩の攻めはずっと続いていて、否応が無しに私はまた昂ぶりに突き上げられる。 「どうした、澪。いきそうか?」 「は、……ん、あ、………は、はい」 ぞくりと背筋を駆け上がる快感。けれどそれと同等なほどに冷えた心持ち。見られた。竹谷に。ただじっと私を見ていた視線が頭にまざまざと蘇り、突き上げられた昂ぶりが、その度に緩く消えて行く。 「ん、どうした、疲れたか?」 「あ、ご、ごめんなさい、先輩。……わ、わたし」 竹谷の、あの瞳が、すごく気になる。でもそんなこと先輩には言えない。行為に集中しようと下腹に力を入れても、がくがくと膝が震えるだけで上手く行かない。やだ。七松先輩が、醒めてしまう。 「そーだな、かなりやったからな。ほら、これなら疲れないだろ」 ぐっと抱き締められたかと思うと、座位から正常位に押し倒される。腰の負担が減って、中にある七松先輩自身が角度を変えて押し込まれる。そのまま、無茶苦茶に突き入れられる。頭に響く甘い衝撃。 「やん、……は、…………んっ」 竹谷が近くにいるのに。そう思うと、声が出せない。だけど七松先輩は嬌声が好きだから、無言でいることも出来ない。もう快感と困惑と羞恥とでぐちょぐちょになった私を、七松先輩がおかしそうに覗き込む。 「んー? いつもならもういってるだろ。なにか違うこと考えてるのか? それともそういう趣向か? 焦らして誘ってるのか?」 「あ、や……ち、違います、七松先輩のことしか──」 「嘘つきは駄目だろ。……でも、これもいいかもな。なにかに耐えてると、澪はよく感じて締まるから」 「あ……せ、先輩、ご、ごめんなさ……」 「別に謝ることじゃないだろ。なぁ、澪。なに考えてんだ? やらしーことか?」 先輩は、執拗に私の感じるところばかり攻め立ててくる。七松先輩の行為は豪快なのに相手の反応に敏感で、私が集中していないとすぐに見破られてしまう。これ以上は、駄目だ。今は竹谷のことを忘れようと、私は堪えずに声を上げる。 「っぁああ! せ、先輩、い、いや、……あ! んん!!」 「ん? 忘れたか? じゃあ、私のことだけ考えてろ、澪」 「は、はい、あ、……は、お、奥、当たって……!」 「やっぱり声出してる澪のほうが可愛いな。我慢しないで達していいぞ?」 「い、いや、先輩と……んんっ、一緒じゃなきゃ、や、です……!」 「お前ほんとに可愛いなー。でも達するのを見るのも楽しいんだ、いった澪はすごくそそるから。……な。いけよ、澪」 先輩が私の耳元に唇を寄せて、低い声音で囁く。抉るように、気持ちいいところばかり突きつけられる。頭が白くなっていく。もう羞恥とか、他のことが考えられない。なんで私、声を出すのが嫌だったんだろう。頭がぐるぐる溶けて行って、世界が七松先輩だけになる。……ああ。 「ん、……す、好きです、七松先輩……!」 「はは、私も好きだぞ、澪。気持ちいいか?」 「き、気持ち、いいです、すごく……あ、あ、や、ああああああああ!」 ぷつん、と頭のどこかが切れた。どん、と堰を切ったかのように流れ出す快感の渦。雷に打たれたみたいな痺れの渦に、身体ががくがく震えた。 「っ、……やっぱ締まるな、出すぞ澪」 「は、はい、……や、……せんぱ、あ……」 「……っく!」 どくん、と私の中で先輩自身が弾ける。同時にどっと疲労が増して、私は全身の力を抜いた。身体のあちこちが鈍く痛む。浅くしか繰り返せない呼吸で、軽い酸欠に頭が朦朧とした。 けれど私の中の先輩は軽く動いて、そのまま膣内を圧迫するようにまた大きくなる。 「え、七松先輩、……あの……」 かっと顔に血が集まって行く。まさか。こんなに睦んだのに。 「やっぱ澪がいくの可愛いな。な、もっかい」 言った瞬間に、先輩がまた動く。動くたびに、また大きくなる。達したばかりの私の身体に熱が急激に戻り、腰が震え出す。けれど一度疲労を自覚してしまったせいで、先輩が動くたびに今までは感じなかった痛みが走る。もはや惰性としての快感と痛みに振り回されて、たまらず声を上げた。 「先輩、も、むりです、もう……や、あ、あぁぁ……!」 「大丈夫だ、いい子だから集中しろ? な、お前が気持ちいいとこ攻めてやるから」 「……ん、あ、……はい、んんん! 先輩……!」 先輩の動きは強くて、一突きされるごとに内壁を抉られるような強い刺激が体中に走る。何度も擦られるうちに、ぞくりと背筋に前兆がきた。 「や、せ、せんぱい、もういきます。……あ、さっき、い、いったばっかり、なのに」 「じゃあもう一回いけ。な、一緒にいけるだろ」 達することすら、もはや今日で何回目なのかも分からない。一度達するとまたすぐに次の波が来て、先輩はそれを決して見逃さない。先輩は相手の喘ぎの声と、達する姿を見るのが好きだ。興奮するから、と。 「は、い。や、あ、せんぱ、いく、もう、や、あ……んっ!!!」 「んっ……!」 ぐっと限界まで押し込まれ、そこでもう一度先輩が果てた。中で先輩の熱い肉がどくどくと精を放っているのを感じる。先輩は余韻を楽しむように私の中をゆるゆると探って、ずるりと引き抜き、私の下腹に擦りつけた。途端にもう一度びくりと震え、先輩の精が軽く頬にかかる。先輩はいつも激しくて、幾度果ててもたくさん出る。今のも、抜いた勢いでまだ残っていたのが射精されたんだろう。もう私の身体は先輩の精液だらけだから、なにも気にならない。 「あ……せ、先輩……」 「起き上がれないか? よく睦んだからな。大丈夫か、澪」 ぐっ、と先輩が身体を起こしてくれる。途端に私の中からゆるりと先輩の精と蜜とが太股に流れ落ちた。その感触にびくりと震える私に、先輩が頭を撫でてくれる。 「は、い。大丈夫です」 「うん、澪はいい子だな」 笑顔で、先輩が褒めてくれる。ほっとする。ようやくに身体を渦巻いていた熱が引いていき、ゆっくりと深く息を吐いた。 七松先輩は脱ぎ捨てた装束を手早く身につけて、まだ裸の私を軽く抱き締めてくれる。 「澪。お前、一人でも帰れるか?」 「はい、七松先輩。大丈夫です」 「おう、んじゃまたな、澪」 ちゅっと、額に軽く口付けが落ちる。それだけで私は嬉しくなる。いつでも元気な先輩は、笑顔で「じゃーなー」と大声で叫んで、去って行った。木立の奥に、先輩の姿が消える。 ──軽く、貧血が襲う。 くらりと倒れかけるのをなんとか支えて、草の上に座りこむ。胸の上までたくしあげられていた中着をゆっくりと下ろす。途端に、べっとりと肌に張り付いた。胸元にも腹にも七松先輩の精がこびりついているから、いつものようにどこかで水浴びをしなくちゃいけない。お風呂で誰かに見つかるわけにはいかないし。 息を吐いて、貫かれすぎてひりひりする、熱いそこに手を伸ばす。まだ緩んでいる奥に指を突き入れて、中身をかき出した。 「ん……っう」 麻痺しているのか痛まないけれど、圧迫感が少しきつい。ぽたぽたと太股をこぼれ落ちる、先輩の精と私の蜜。どろどろに入り交じったそれは、中から幾度もかき出して、ようやく溢れなくなった。 「あ……」 ぐるりとお腹が軋む。いつもだ。睦みすぎると、お腹の調子が悪くなる。 今更ながらに、疲労感に涙が滲んだ。先輩との睦みはいつも激しくて、すごく気持ちいいけれど、……少しだけ、疲れる。しばらく休んで行こうかと座り込んだ時、突然に気配を感じた。 「……澪」 ──どうして、忘れていたんだろう。 冷ややかな目の竹谷が、すぐ目の前に立っていた。 |
■ 竹谷八左ヱ門連載夢『常闇に差す光』第一話 2012/03/29 (木) いつ連載開始出来るか分からないので、いっそ書き上げてる下書き分全部アップしちゃったら続きを書けるんじゃないだろうか計画。 万人向けではありません。 ・下書きレベルです。 ・一話はともかく、二話以降から酷いことになります。 ・今の時点ではまったく甘くありません。むしろ苦いです。それ以上にえげつないと感じるかもしれません。甘いものだけ読みたい方は本当にご注意ください。 ・小平太がかなり酷いひとです。基本的に小平太夢と並行して進む話し(の予定)なので、後々あれやこれやするつもりですしそれぞれ最終的にはハッピーエンドですが、この時点では本当にただの暴君です。 ・二話に裏指定してありますが竹谷×ヒロインではありません。↑からお察しください。 ・とりあえず三話まで書き終えてますが、その続きは未定です。 学園長先生の突然の思いつきで、下級生が全員裏々山マラソンに駆り出されて行ったと聞かされたのは、放課後になってからだった。 「え、全員ですか? 一人残らず?」 「ああ、全員だ。一年から三年まで一人残らずな。というわけで竹谷」 ぽん、と、木下先生は俺の肩を叩く。その次の言葉は想像通りのものだった。 「悪いが、今日の委員会はお前一人で頼む」 「あー……。あ、で、でも木下先生は?」 「俺も今からすぐ裏々山に向かわねばならんのだ。後始末をして帰ってくるのは就寝時刻ぎりぎりだろうな」 「そうですか……じゃあ仕方ないですね」 生物委員は仕事が多い。生き物相手は、手を抜くということが出来ないからだ。孫兵はもちろん一年生もよく手伝ってくれているけれど、出来ればもう一人上級生が欲しいと思うのはこういうときだ。 「悪いな竹谷。一応助っ人になりそうなやつに声をかけておいたから、手が空いたら来るかもしれん」 「あ、ありがとうございます」 「ああ。じゃあな、竹谷」 すぐに裏々山に行かなくてはならないという言葉は本当だったらしく、木下先生は早々に姿を消した。とりあえず俺も生物小屋に急いで向かわなければならない。さてどうしようかと悩みながら、縁側から地面に下り、生物小屋へと駆けだした。 毎日のように通っている生物小屋に着いた途端、俺は違和感に首を傾げた。木下先生の言葉通りだとすると、今学園内にいる生物委員は俺だけだ。だというのに、小屋の一つの戸が開いている。毒虫や毒蛇もうろちょろしている生物小屋を、興味本位で鍵を開けたり忍び込むような生徒は思い浮かばないから、木下先生が言っていた助っ人だろうか。 まあ多分兵助か雷蔵だろうな、と俺は勝手に決めつける。学級委員長委員会はどうせまた駆り出されているだろうしな。 戸の開いていた小屋は、授業用のネズミやウサギなんかの小動物の小屋だ。ごそごそと中から音が聞こえるから、人がいるのは確かだろう。 「おーい、手伝いに来てくれたのか? ありがと──な?」 小屋を覗いて中を確認した途端、一瞬かちんと固まった。小屋の中にいた生徒が「あ」と振り返る。 「竹谷、良かった。一人で勝手に始めちゃってごめんね」 その顔を見た途端、さらに固まった。兵助でも雷蔵でもない、馴染みの同級生でもない、くの一教室の女子生徒だった。俺と同年の、澪だ。ウサギを一匹腕に抱えたまま、きょとん、とその黒い瞳で見つめられて、しばらく声の出し方まで忘れた。 「竹谷? どうしたの?」 「あ! いや、なんでもない! わ、悪いな。木下先生に言われて来てくれたのか?」 不思議そうな澪の顔に、慌てて首を横に振る。澪はほっとした顔になり、「うん」と頷いた。 「暇なら手伝ってくれないかって、お昼休みにね。生物委員のみんなみたいに上手く出来ないかもしれないけど、よろしくお願いします」 ぺこり、と澪が頭を下げ、その動きに合わせて一つにまとめた澪の黒髪が揺れた。わけもわからず、抱えられたウサギもつられるようにぴょこぴょこと長い耳ごと頭を下げる。 「こ、こちらこそ……。あ、いや、来てくれただけでもすごく嬉しい、ほんとにありがとな!」 思わず叫ぶように言ってしまうと、澪は頭を上げて俺と目を合わせ、照れるように微笑んだ。 ……やばい。正直、頭の中も心臓もついて行けていない。 くの一教室の生徒にしてはまったく邪気のない澪は、誰からも好まれそうな可愛らしい顔つきをしている。事実性格も良いし目上を立てて後輩には優しいから、学園内の誰からにも好かれている。とりあえずそう、完璧に惚れている俺とかが筆頭だ。 普段食堂とか廊下とかでしか会えない分、気構えが出来ていなくてめちゃくちゃ驚いてしまった。ありがとうありがとう生物委員の後輩達。 澪は以前夏休みに家が近いからと生物委員会を手伝ってくれていたから、それで木下先生も澪に声をかけたのかもしれない。ありがとうありがとう木下先生。 「私、ここから始めても良かったかな? 先にしたほうがいいこととかある?」 「ああもう、どこでも好きなところから頼む! 悪いな、用事とかあったら早めに切り上げてくれて構わないから」 「ううん、特に用事はないから大丈夫だよ。うちの委員会は今日活動もないしね。それに、久しぶりにこの子達にも会いたかったから」 ね、と澪が抱えているウサギに頬を擦り寄せる。ウサギは目を細めて、ぺろりと澪の頬を舐めた。 ……ずるいぞお前。今すぐ俺と代わってくれ。 よく見ると、餌の野菜を切る作業をしているらしい澪の膝やら肩やらに、小動物達が集まっている。興味深そうにつんつん鼻先でつついたり、膝の上で丸くなっていたり、肩や背中に乗っていたり、かぷかぷ澪の手首あたりを甘噛みしているやつもいる。 なんという羨ましい。ずるい、ずるいぞお前達。 いつもは邪魔だからどきなさいと俺が言っても渋々のそりのそりと動くウサギやネズミが、澪が頼むと素早い動きで場所を空ける。俺が同じことをしていると餌箱から勝手に餌をくすねるくせに、澪が野菜を切っていても大人しくそれを見上げているだけだ。 どいつもこいつも、澪に順に撫でられて、きゅーきゅー嬉しそうに鳴いている。 俺、ネズミになりたいな、今だけ、いやずっとでいいから……。 「竹谷、どうしたの?」 「大体お前達、いつも世話してやってんだからこういうときくらい俺に譲っ……え? あ、なんでもない! じゃ、じゃあ俺、虫たちの世話してくるから、ここが終わったらまた聞きにきてくれるか?」 「うん、終わったらすぐに行くね」 本当は澪と一緒に作業をしたいところだけど、虫や毒蛇を扱わせるわけにも行かないし、それだと余計に澪を帰してやる時間が遅くなる。とにかく早く終わらせようと、俺はまずは急いで虫小屋へと向かった。 俺は別に澪が可愛らしいからとか性格が良いからというだけで惚れているわけじゃない(と思う)けれど、少しの間でも澪と共にいると、その可愛らしさも性格の良さも改めてしみじみ実感することになる。 澪はどんな仕事も嫌だと言わないし、事実なんでも楽しそうに取りかかる。きっとそうするように努めているのだろうけれど、傍にいるとその澪の気配りはすごく心地良い。 「久しぶりだね、元気だった? ちょっと大きくなったねー」 大抵の場所の作業をやり終えて、最後に残る馬小屋を澪と共に手入れしていた。しつこいようだけど、俺が作業しているといつもは面倒そうにしている馬が、今日は澪にすりすりと顔をすりつけて喜んでいる。放し飼いにしてある生まれたばかりの子馬でさえ、こっちに来て、と澪の袴を咥えて遊ぼうと誘っている。あとでね、と澪が子馬の頭を撫でると、子馬は大人しく一人遊びに向かっていった。 澪はたまにしか小屋に来ないから、物珍しいということもあるかもしれない。あるかもしれないけど、……なんでお前ら、いつもと違ってそんな聞き分けも愛想も良いんだよ。 「ほら、お前はこっちな」 澪が気になるのかそわそわしている馬達を引き寄せ、小屋の掃除を始める。これが終われば、生物委員としての大抵の仕事は終了だ。さすがにいつもより少し遅くなってしまったけれど、晩飯を食いっぱぐれる心配はないだろう。澪に感謝しなくちゃな。 「竹谷、もう餌あげてもいいかな?」 「ああ。隅にある人参と飼い葉、持って行ってやってくれるか」 「うん、ありがとう」 澪はてきぱきと入り口近くに置いてある餌籠を取りに行ってくれる。楽しそうな表情も、動物達への接し方も、傍から見ていても優しくて慈しみに満ちている。惚れた欲目もあるだろうけれど、動物達が澪に懐くのはよく分かる。人に好かれる澪だから、動物達だってそれは変わらないだろう。むしろ動物達のほうが、良い人間を見分ける手段に長けているのだし。 「んー? こらこらなんだ、どけってのか? お前も澪のがいいのか? 俺そろそろ拗ねるぞ?」 先程澪にあとでねと言われた子馬が、暇を持て余したのか八つ当たり気味にぐりぐりと俺の腰に鼻先を擦りつけてくる。まったくどいつもこいつも澪澪澪と、本当は俺が一番澪といたいんだからな! お前達には負けないからな! 仕返しにとがしがし少し乱暴に子馬の頭を撫でていると、ふいに「あれ?」と困ったような澪の声がした。 「どうした、澪?」 「あ、ごめん竹谷。餌あげようと思ったら、この子なんだか様子がおかしいから」 掃除道具を置いて、澪の元に向かう。澪の前にいる馬を見て、すぐに澪が戸惑っている理由に思い当たった。 「ああ、そいつな。人参見せるとちょっと怒るだろ」 「あ、やっぱり怒ってるの? むってしてすごい勢いで食べちゃって」 どうしたの、と訊ねる澪に、馬はむっしむっしと急いで人参を食べている。何本か一気に食べてしまうと、それで落ち着いたのか、あとは用意された飼い葉をのんびりと食べ始めた。 「人参がすごく好きなのかな?」 「あー、違うんだ。こいつ、この間人参取られたらしくてな。早く食べないとなくなると思ってるんだ」 「他の馬に食べられちゃったの?」 「いや、七松先輩」 苦笑して名前を告げると、澪は一瞬沈黙してから、次いでぱちぱちと瞬きをした。馬に向かって、なんだか困ったような笑みを浮かべて、 「あなた、七松先輩に人参食べられちゃったの?」 「俺も実際見たわけじゃないんだけどさ。七松先輩、早駆けの練習にこいつを連れ出した後、こいつが後で食べようと取っておいた人参食べちゃったらしいんだ。先輩は『分けてくれたから半分こにしたんだ』って言ってたけど、まぁこいつ的には奪われたんだろ」 それから、この馬は人参と人間の組み合わせに対してちょっとだけ疑心暗鬼に陥っている。致命的ってわけじゃないからそう大したことではないけれど。 「なんであの人、馬の餌に手を出すんだろうなあ」 「……七松先輩らしいけど、それはちょっと可哀想だよね。ごめんね、もう誰も取らないから、許してあげてね」 澪は優しく馬のたてがみを撫でながら、なにかを噛みしめるように微笑む。通じてはいないだろうけれど構ってもらえるのが嬉しかったのか、馬は軽く澪の頬に顔を擦り寄せ、澪も嬉しそうに笑った。 とそのとき、業を煮やした子馬がまた澪のもとにやってきた。もういい?もう遊んでくれる?とそのつぶらな瞳が言っている。 「ごめんね、もうすぐ終わるから待っててね」 「ああ澪、後は俺がやるから、よかったら遊んでやってくれないか。こいつこの間母親亡くしたばかりで、遊び相手に飢えててさ」 「え、いいの?」 「お前が嫌じゃなければ、頼む」 「……うんっ!」 ぱっと顔を輝かせて、「おいで」と澪が子馬に手を伸ばす。言われたことが分かったのか、子馬も見るからに嬉しそうに澪に擦り寄り、澪の袴を咥えてこっちこっちと連れて行く。 子馬を構ってやっている澪には、億劫そうな様子はまったく見えない。その接し方は、人相手でも動物相手でも変わらない。生物というものにすべてに対して、慈愛の満ちた愛し方だ。 惚れているからということもあるけど、俺は澪のその在り方が酷く眩しく見える。誰にでも優しくすることも、いつも笑っていることも、並大抵の努力じゃ出来ないことだろうから。 「つまり……さすが俺の惚れた女だよな!」 度胸がないから馬相手に小声で頷くと、馬はなんだか迷惑そうに軽く鼻を鳴らしてきた。なんだよ、同意くらいしろよ。 澪がやりかけていた仕事を引き継ごうと、餌箱を持ち上げる。楽しそうな澪と子馬のやり取りが後ろから聞こえてきて、作業中ずーっと癒された気分だった。 「今日、ありがとな。ほんとに助かった」 「ううん、とんでもない。なんだか遊んでばっかりで逆に申し訳なかったけど」 子馬に後ろ髪を引かれるのか少し残念そうに馬小屋に鍵を掛けて、澪は俺に微笑んだ。時刻はもう夕食時が近付いていて、日はほとんど沈んでしまっている。 「あ、あのさ、なにか俺で手伝えることがあったら言ってくれ。今日の礼になんでもするから」 むしろ礼とか関係なくこき使ってほしいくらいなんだけど、澪はにっこり笑って「ううん、いいの」と首を横に振る。 「気にしないで。私本当にみんなに会いたかったから、今日はすごく楽しかったよ。私こそ、また手が足りなかったらいつでも呼んでね」 嘘偽りない笑顔に見とれていると、澪は「それじゃあね」と俺に手を振る。名残惜しいけどこちらからも別れの言葉を言おうと口を開きかけた、……そのときだった。 一瞬、どきりとした。強張った俺の顔に気付いたのか、澪がきょとんとする。澪の右腕、制服の袖ぎりぎりの素肌が、赤く腫れているように見えた。虫さされか、動物に引っかかれた跡かもしれない。 それを口にする前に、「あ」と澪がそれを察して苦笑する。 「違うよ、大丈夫。これ昨日野外演習で転んだときのなの」 「……そうなのか?」 「うん。変な心配かけちゃってごめんね」 澪は困ったように微笑むと、「それじゃ」とまた改めて俺に手を振る。 「今日ほんとに楽しかったよ。またね、竹谷!」 ありがとう木下先生。ありがとう下級生達。 心の底から感謝しながら、俺は機嫌良く自室へと続く廊下を歩いていた。裏々山に行った下級生と先生達はまだ戻っていないらしくて、忍たま長屋はいつもよりひとの気配も生活音も少ない。 ふわふわと、幸せな気分だった。澪とは普段あまり会えないから、今日みたいに二人きり(動物はたくさんいたけど)になれる機会はほとんどない。 なんだか澪との細い繋がりが出来た気がして、俺はありがとう、と生物委員会で飼っている動物達にも感謝した。あいつらがいなかったら、今日という日はなかったのだから。 澪もああ言ってくれたし、また生物委員がたくさん休むときがあれば、勇気を出して誘ってみるのもいいかもしれない。そのときもし、き、機会があればその、逢い引きとか誘ってみたり、しちゃったりしても、いいかも、しれねえよな!? 「お、竹谷! おーい!」 「え?」 頭の中で真剣に澪とお近づきになろう計画を練っていた俺は、少し反応が遅れてしまった。誰かに呼ばれて振り返ったその瞬間、がし、と首にいきなり腕を回されて軽く絞められた。 「うっ!?」 「よう! なんだお前、隙だらけだぞ!」 腕はすぐに離れて、次はばしんと背中を叩かれる。幾度か咳き込んでから、俺はやれやれと後ろを振り返った。相手は考えるまでもない。 「七松先輩、いきなりは勘弁してくださいよ」 「悪い悪い! なんかお前ぼーっとしてたからさ」 悪気のない笑顔の七松先輩に、今度からぼーっとしないようにしようと決意していたら、「なあなあ竹谷」と七松先輩が俺の顔を覗き込んでくる。 「悪いんだけどな、お前ちょっと滝夜叉丸に伝言頼まれてくれないか」 「あ、はい。構いませんけど」 「私これから夜間訓練なんだが、四年生はまだ部屋に戻ってなくてな。もう帰る頃らしいんだが」 「ええ。なにを伝えればいいんですか? 委員会ですか?」 七松先輩が滝夜叉丸に、ということなら委員会絡みだろう。俺の問いに、七松先輩も一つ頷く。 「ああ。明後日の休みに委員会活動があるんだが、多分私半刻くらい遅れるから先に仕切って始めといてくれって言ってくれるか。明日あいつ朝から山岳実習だって言ってたから、会えるか分からなくてな」 「分かりました。明後日の委員会ですね」 「おう、ありがとな。私ちょっと約束があるんだ」 あはは、と含み笑う七松先輩に、俺は半眼になる。さっきの委員会活動のことを思い出して。 「七松先輩、早駆けするなら馬の人参は取らないでくださいよ」 「なんだそれ、私がいつ馬の人参なんか取ったんだ。……取ったっけ? まあいいや、馬は借りないから安心しろ。街で女の人と逢い引きの約束だ! この間茶店で知り合ったんだけど色っぽい美人でなー!」 「ちょっと、七松先輩、そんな大声で……!」 なんの躊躇もなく笑顔で話す七松先輩に、こっちのほうが少し焦った。先生に聞こえたりなんかしたら説教沙汰だ。 「あ、今の話は滝夜叉丸達に内緒な! 重要な忍務とでも言っておいてくれ! じゃあ悪いけど頼むな!」 「分かりました。夜間訓練、お気を付けて」 「おー! ありがとな!」 最後にまたばしんと少し強めに俺の背中を叩いて、七松先輩は素早く去っていく。瞬く間に消える姿と気配に感嘆しつつ、やれ困ったひとだと俺は一つため息を吐いた。 よくは知らないけれど、七松先輩は女の人にモテるらしい。取っ替え引っ替えと言うよりは、来る者拒まぬ、ということなのだろう。俺は澪一筋だから他の女の人には興味ないけれど、あんな風に豪快になることが出来れば、好きな女の子を逢い引きに誘うことくらい簡単だろう。 それがちょっと羨ましいと思いつつ、俺は方向を変えて四年長屋へと歩きだした。 注意書きがしつこくてすみません。いつまでも下書きのまま置いておいても仕方ない、と思ったので引っ張り出して軽く手直ししました。テキストデータの情報見たら三年以上前に書いてました。放置しすぎや。 本来は小平太夢と一話ずつ細かく時系列を合わせる予定だったんですが、そんな文章力はないことに気づいたので、単体です。 書き上げてる三話分までは、日を空けずに続きを更新したいです。 |
■ お題SSS(長次夢) 2012/03/26 (月) 無言で放置しているときもあれば、停滞しますって日記に書いてるくせに更新したりでごめんなさい。自分のことが一番信用できません。 恋仲後。日常ほのぼの微甘。きり丸分多めです。 「こういう、古本についてる値札って、見てるとなんかわくわくするんですよねー」 にやにやーっと、きり丸が機嫌良く、手に持った古本を掲げてみせる。 今日の図書室内は、本だらけだった。無論図書室はいつだって本でいっぱいだけど、今日はいつもに増して古びた本の匂いが充満している。 普段、生徒の読書や自習用に使っている長机を幾つも壁際に寄せ、真ん中に出来た空間に、こんもりと古書の山が積まれている。まだ数回しか読まれていないような新しいものもあれば、何十年前のものかと呆れるほどに虫食いだらけの本まで様々だけど、共通するのはそれが完全な新刊本ではないということと、とある古書店の屋号印が押された値札が全ての本につけられていることだ。 「ん? どうしてわくわくするの?」 「まぁ、なにかの値段見てるのがまず楽しいっていうのもありますけど、たとえばこの本、値札は二十文ってなってますけど、僕なら三十文で売るなぁ、とか」 掲げていた本を下ろし、次にきり丸は近くの小山から一冊の本を取り出してくる。 「それから、この本ってまだ綺麗じゃないですか。でも人気ないんすよ。人気がないけど綺麗な本は、さっさと反故紙として売ったほうが儲かる、とか」 「おおーっ。勉強になるね」 「いやー、僕も伊達にアルバイターとして名を馳せていませんからねー」 にしし、ときり丸は楽しそうに笑い、手に持つ本の値札を取り、図書室所蔵を示す判を押し、修繕が必要かそうでないかに分けていく。 今私ときり丸の目の前にある古書の山は、学園長先生のお知り合いが経営する古書店が閉店するからと、大量に寄付してもらったものだ。 ひとまずそれらを図書室に運び込み、図書室の在庫にするかどうか長次が検分し、きり丸が値札を取り、修繕が必要かどうか判断し、私が修繕の必要な本をさらに仕分ける、という流れ作業を行っている。 「……ん」 「あ、はい委員長。次はこの山ですね。澪せんぱーい、次こっちですー」 「うん、ありがと」 運が悪かったのは、本が運ばれてきたのが長期休みに入ってすぐという微妙な時期だったことだ。きり丸は土井先生と一緒にまだ学園内に残っていたけれど、他の図書委員達は家が遠かったり実家で用事があるからと帰郷してしまっている。それできり丸と、もともと自主練のために数日居残る予定だった長次、そして長次と同郷だから一緒に帰ろうと同じく居残っていた私が、こうして手伝っているんだけど。 「この、廃棄予定の本ってどうするの? こんなに黄ばんでたら落とし紙にも使えないよね」 「あー、焼くしかないですかねえ、虫湧きますし。終わったらみんなで焼きましょうか、委員長」 「…………そうだな」 「いいねー、じゃあついでにお魚でも焼く? 食堂のおばちゃんが、魚の干物が余ってるから好きにしていいって言ってたし」 「あ、じゃあ僕それもらっていいですか!? 売ってきますから!」 「こら。駄目だよ、ちゃんと食べないと」 「ちゃんと食べるよりちゃんと儲けるほうが大事ですよー」 私ときり丸がどうでもいい話をしているのを、長次はいつものように『図書室内は私語厳禁だ』と諫めたりはしない。今の図書室は利用者もいないからだろう。私達の会話に入ることもなく、長次は黙々と検品作業を進めている。 「ものってのは付加価値をつけたらすんごい売れるようになるんですよ。たとえばこの古本も、利吉さんのサインをもらってきて売れば……あ、学園長先生のサインをもらってきて、愛用の本だとか言えば忍者マニアに高く売れるかも。なんなら僕が適当にサインしたって、ふつーのひとには分かりませんしね」 「悪い子だねー。そんな悪い子は人さらいに攫われて逆に売られちゃうぞー、ってね」 昔よく母に言われた、子を叱るときの脅し文句だ。大人びたきり丸にそんなもの効くわけがなく、きり丸はニッと笑う。 「あ、じゃあそんときは僕を呼んでくださいね。澪先輩をたかーく売り付けてあげますから」 「あれ、私?」 「そうっすね。澪先輩ならなかなかの値段で売れますよー。活きの良い若い雌、健康で肉付きも良くて、母体として最良って」 「こらー! ひとを牛か馬みたいに言わないの。せめてほら、美人とか、気立てがいいとか、そういう売り文句はないの?」 「あ、じゃあ、ちょっとおしゃべりで落ち着きがないけど、その分甘えん坊でひとによく懐きます、とかどうっすか? 猫とか売るときにそれ言うとよく売れるんですよ」 「今度は猫かい、このこのこのー!」 ぐりぐり、ときり丸の頭をやや乱暴に撫でると、きり丸は「わーっ」と少し面白そうに頭を庇う。 次は脇でもくすぐってやろうと後ろからがばっときり丸に抱きついたそのとき、突然に、がし、と頭を掴まれた。私の頭だ。 きり丸を抱き締めたまま振り向くと、それまで黙々と作業していた長次が、無表情で私の後ろに立っていた。 「あ、ご、ごめんね長次。ちょっとふざけちゃって」 「す、すみません委員長」 さすがに騒がしかったのだろう。二人して謝ると、けれど長次は私達の言葉には反応せず、じっと私を見下ろした。怪訝に思って見上げる私に、ぽつりと。 「売らない」 「…………へ?」 「絶対売らない」 ぽん、と最後に軽く頭を撫でて、長次はまた作業に戻って行った。 唖然とそれを見送る私に、腕の中にいるきり丸がぱちぱちと目を瞬かせる。 「あの、もしかして今僕、惚気られました? それとも牽制っすか?」 「いやごめん、私にもちょっとよく分からなかったけど」 俺のだから売らない、という独占欲的なちょっとキュンとくる意味なのか。それとも、売らないから安心していい、という優しい気配りなのか。 長次はもはや、何事もなかったかのように作業に取りかかっている。 「……きり丸、とりあえずお仕事しようか」 「そっすね」 二人で顔を見合わせて頷き、抱き締めていたきり丸を離し、また元のように作業に戻る。 今の長次の言葉の真意は、後で部屋に戻ったら聞いてみようかなと思いつつ。 ふと気づいて、一応私からも言ってみた。 「あ、私も売らないからね長次! 絶対売らない!」 案の定、長次の返事はなかったけれど。 「……いやー、中在家先輩は愛想が悪いから、ずっと隅にいて最後まで売れ残るタイプですよね。血統も毛並みも良くて高値なのに、勿体ないっすよね」 と、きり丸がぶつぶつ呟いていた。 お題:『∞と書かれた値札を君に。』(長次夢) お題提供:『Abandon』様 なんでもいいからほのぼのが書きたかった。 |
■ 石川五十ヱ門夢『次は花冷えの季節に』第一話 2012/02/26 (日) ちょっと思い当たって石川夢連載もの。 石川の設定・性格等はすべて捏造です。過去に関わる設定など深いものはありませんが、原作(のアニメ)やご自身のイメージを重視する方はご注意ください。 身に沁みるような冷たい風が、轟々と吹く夜だった。 日中からの厳しい寒さに辟易していた町民達は、日が沈むと同時にすべての仕事を打ち切り、自宅へと篭もったようだった。まだ真夜中には遠いが、見下ろす城下町には出歩いている者がほとんどおらず、ひどく閑散として見える。 月の光はもう微かにしか残っておらず、それもあと数呼吸もすれば星の光だけが残るはずだった。 「盗み日和とは、まさにこのことだな」 誰ともなく呟き、軽く足元の木の枝を蹴る。一瞬宙を舞って地面に降り立ち、目指す仕事場へと駆けだした。 目論見通り、もともと爪先ほどだった月は、ゆっくりと夜空に溶け込むように消えていく。闇色がまた一段と濃くなり、寒さが増したようにさえ感じられた。 人の流れが少ない通りを走り抜け、今晩の標的にと決めていた屋敷の前で足を止めた。四代続く老舗として有名な、金持ち相手の高級薬問屋。町中にあるのにばかでかい屋敷は、それ故に裏口も多く、出入りする従業員も相当数いる。つまり、情報が漏れやすいということでもある。 大きな取引を立て続けに幾つも終え、相当な金子と高価な薬の材料が蔵に仕舞い込まれていると聞いたのは、十日ほど前だった。その情報は正しかったのだろう、ただの薬問屋にしては、えらく警備に人員が割かれている。こんな極寒の夜であっても、だ。 とはいえ、そのまま警備の厚い蔵を狙うのはただの馬鹿だ。大判を必死で抱え込んでいるやつは、傍らで小判小銭が消えて行っても気付かない。狙うはまさに、その小判小銭だった。 前準備はすべて終えている。頭に叩き込んだ屋敷の構造通りに、低い壁を狙って外から入り込み、普段遣いのそこそこの値段の薬が管理されている、店のすぐ裏側に設置されている保管蔵へと足を向ける。物の出し入れが激しい場所だから、案の定警備は薄い。むしろ皆無に近い。ただ一つの入り口に、二人ほど立っているだけだ。 拍子抜けするほど容易に保管蔵の屋根に辿り着き、空調用の格子窓から天井裏へと忍び込んだ。外以上に中は闇色で満たされているが、人の気配はまったくない。そううるさい音を出さなければ、まず見つかる心配はないだろう。 さて、と一度腰を落ち着け、ざっとこれからの算段をつける。少量で高価な薬の目星はすでにつけている。それがこの蔵のどこに保管されているのかも調べがついている。このまま行けば、屋敷を出るまで四半刻もかからず終わるだろう。 こうも容易にことが進むと、逆になにかの罠かと疑う癖が付いている。危うきには近寄らず、というやつだ。 「ま、杞憂にすぎねぇだろうがな」 ぽつりと呟いて、腰を上げようとする。その次の瞬間だった。 「ふむふむ、杞憂にすぎねぇだろうがな、と。語録第一声はこれで決まりですよね」 背後での声に、咄嗟に腕を伸ばした。一瞬の視界ではおぼろげにしか見えない小柄な人影の、その首元を掴んで無理矢理に引き寄せる。手の中の首はやけに細く、頼りない。右手で首を掴んだまま、左手で腰元から苦無を取り出し、突きつけた。 「……誰だ」 気配はほとんど感じ取れなかった。相手は武術の心得があると見て間違いないだろう。いつでも刺せるように苦無をその背に触れさせ、改めて人影を確認した。 瞬間、虚を突かれた。苦痛に顔を歪ませている相手は、まだ子どもといっていい若い女だった。十代の半ばか、その程度。殺気はない。少し手の力を緩めると、少女はほっとした様子で、身振り手振りで、『喋らないから離してください』と伝えてくる。 「声を出さずに答えろ。お前、この屋敷のものか」 少女はすぐに首を横に振った。命を握られている恐怖は微塵も見えず、『喋らないから離してくださいっ』と不満そうにこちらを睨み付けてくる。 家人でもなければ使用人でもないとしたら、何者か。こんな若い少女に知り合いがいるはずもない。そもそも、一般人の気配ならば自分が察知できないはずもない。 怪訝に思いながら、ゆっくりと右手をその首から離した。代わりに左手に握った苦無の刃を、その目前に突きつける。 「お前、何者だ」 「ぷはー。出会い頭に首を絞められるとは思いませんでした。痕残ってないかな」 「答えろ」 少し強い口調で言うと、少女は僅かだけ身を引いて、その場にちょこんと正座した。改めて見ると、本当にただの小娘だ。体つきも声も年相応、忍装束にも見える装いをしているが、その上には大きな半纏を着込んでいる。ついでに、顔の半分ほどを分厚い眼鏡で覆っていて、そのせいでもともとの顔の造作よりさらに幼く見えた。 少女は場違いなほどにこにこと微笑んで、ぺこりと一礼した。機嫌が良さそうに、口を開く。 「初めまして、石川五十ヱ門さん。私、澪と申します」 ちっ、と舌打ちを漏らしてしまう。まさか名前まで把握されているとは予想外だ。これで、偶然変な女に会っただけという可能性は露と消えた。厄介事に巻き込まれる前に今すぐ逃げるべきかと思っていると、澪と名乗った少女は突然に微笑みを消し、不満そうに石川を見上げる。 「あの、そろそろ苦無下ろしてもらえませんか? 刺さったら危ないですし」 「幾度問わせる気だ。お前、何者だ。俺のなにを知っている?」 「あれ? ……えっと、あ、じゃあこれでどうですか。これ見たら分かりますよね」 澪はいそいそと分厚い半纏を脱ぐ。その下は、やはり忍装束のような装いだ。 「それがなんなんだ」 「あ、そうか、ご存じないんですね。私、忍術学園のものです。くの一教室六年生」 「忍術学園……?」 その単語は、記憶のどこかに引っ掛かる。名前からして、学舎なのだろう。学舎なんぞに関わった覚えはないが、聞き覚えがあるのは間違いない。澪はこくこくと頷き、懐から一枚の紙を取り出してきた。それを石川に差し出しながら、 「私、土井先生の紹介で来ました。土井先生のご親友の、石川五十ヱ門さんですよね?」 一瞬、あまりに予想外なことに目を見開き、次いで力が抜けそうになった。ようやくに苦無を下ろして仕舞いながら、小さく嘆息する。 「で、土井のやつは俺をどんな厄介事に巻き込もうとしているんだ」 忍術学園・その女子生徒・教師を勤めている昔なじみである土井半助。ここまで揃えば、最低限金儲けの話しではないことは確定だ。おそらく、ろくでもないことに違いない。 やや乱暴に、差し出されたままだった紙を澪の手から取り上げる。分厚さからして、封書のようだった。 「厄介事とは失礼です。私の授業単位がかかってるんですからね」 少し不満そうに頬をふくらませる澪は無視して、渋々ながら手紙を広げた。案の定それは土井からの手紙で、澪が冬休みの自由研究として泥棒業の体験学習を選んだこと、頼める相手が君しかいなかったということ、忙しいだろうがどうか手伝って欲しいということが、手短かに書かれていた。最後にまるで付け足すように、『澪はきり丸とは違うが良い生徒だ。教育方針は君に任せる、くれぐれも頼む』と結ばれていた。 「……あいつ、本気で俺に生徒を押しつけやがったのか」 確かに手紙は覚えのある土井の字体だったし、小娘にしか見えない澪が仮にも大泥棒である石川に気取られずに近寄ってこれた理由などを考えると、疑う余地はあまりない話しではあった。石川を謀ろうとする敵は多いが、こんな回りくどい手を使う相手はさすがに思いつかない。 「というわけですので石川さん、優秀な美人助手が出来たと思ってよろしくお願いします。びしびしこき使ってくださって構いませんよ?」 ぐぐっと両の拳を握り締め、澪は石川に向かって身を乗り出す。 「断る。なんで俺が教師の真似事なんざしなきゃならないんだ」 「あら、つれないお返事」 「土井に伝えておけ、俺は暇じゃないんだってな」 「なるほど」 澪は納得したように頷くと、なぜか突然、一つにくくっていた髪の毛をばさりと肩に下ろした。次いで、分厚い眼鏡を外す。眼鏡であまり見えていなかった顔はまぁ、普通に年相応のものだった。一転して雰囲気が変わったのは確かだが、だからどうということもない。 「さあ、これでどうですか」 「なにをどうしろっつーんだ」 「なんと、お色気の術は効きませんか。もはや男色家さんでしたが」 「……帰れ、ガキ」 「おっと、失念していました。あなた泥棒さんでしたね。ではこれでどうですか」 ぽんと手を打って、澪は眼鏡をかけ直すと、今度はごそごそと脱ぎ捨てていた半纏をもう一度着込み、その内側から小袋を取り出して差し出してくる。にやにやと上目遣いに身を乗り出しながら、 「くふふ、賄賂です。お好きなんですよね? お金」 「……あのな」 「私の今月のおこずかいです。気になっていた甘味屋さんが出来たのですが、来月まで我慢することにします」 「くだらんことを言ってないで、さっさとそれ食って帰れ」 「ここまで小娘に付き合ってくださったのですから、たぶんあなたはいい人です。きっと私の面倒を見てくれます」 にこりと微笑んで、こずかい袋を懐に仕舞う澪に、石川は言葉に詰まる。初めから取り合わずに逃げるのが正解だったのか。 「体験学習と言ってもたかだか十日ほどのことですから、可愛い助手が出来たと思って頼まれてくださいな」 「おれになんの得もないだろうが。大体小娘連れて盗みなんざ、まともに仕事になりゃしねえ」 「あら、私結構お役に立ちますよ? さっきだって石川さんに気付かれずに近づけたでしょう? こう見えて実技授業は得意なのです。土井先生もよく『いろんな意味で将来有望だ』と褒めてくださいまして」 うふふ、と澪は胸を張って主張する。ここまで来てしまったらとっとと逃げるしかないか、と石川は腹をくくる。小娘のお守りをするほど、暇ではないのだ。怪我をさせたりしても面倒だ。 「それに料理も得意ですし──、あら?」 「っ!」 まだべらべらと主張していた澪の言葉がふいに止まり、石川も異変を感じて身を固くした。ばたばたと下層が突然にやかましい。がたがたと蔵の戸が開けられる音と共に、ひとの足音や気配が行き来している。加えて、 『侵入者はまだいるはずだ、探せ!』 『舐めた真似してくれやがって、絶対に逃がすな!』 という鋭い声すら耳に届く。 「……おい、小娘」 「はい、なんでしょうか」 緊急事態にも騒がず、澪はのほほんと石川を見上げている。石川がここまで侵入した経路には、ひとつもその跡を残していない自信がある。となると、だ。 「お前、ここまでどうやって入ってきた?」 澪はこくりと安心させるような微笑みで頷き、びし、と親指を立てて見せる。 「ご心配には及びません。石川さんがお仕事しやすいように、門番二人は後ろからちょっと殴って気絶させて簀巻きにしておきました。ついでに大泥棒っぽい貫禄を見せるために、蔵の戸に『石川五十ヱ門参上』と凝った字体で貼り紙も」 「……とりあえず、謝る気があるなら黙ってついてこい」 「あら?」 不思議そうにしている澪の首根っこを掴んで肩に担ぎ上げ、空調用の格子窓から飛び出した。地面に着地したと同時に、かんかんかん、と緊急用の鐘が鳴り響き、ざわりと剣呑な気配のただ中に放り込まれる。 ひとの気配が集まる前に、間髪入れずに走り出す。 とんだ厄介事を押しつけられたものだと旧友を恨みながら、出口へと一目散に駆け続けた。 →二話に続く 見切り発車でゴー。時間があるときにでも書いていきたいです。基本的にはサイト用やお題SSSを優先するつもりです。 |
■ お題SSS(石川五十ヱ門夢) 2012/01/11 (水) 遥か昔にアンケートで追加して頂いた石川五十ヱ門。設定も性格も捏造しまくりですので、ご了承頂ける方だけお願いします。馴れ初めとかも説明してません。 ヒロインは忍術学園を卒業したばかりの変な子。 お酒の話。無糖。 普段は一般人を装っているから、石川の朝は普通に早い。 たとえ真夜中に仕事をした後でも、陽が昇れば目を覚ます。下手なことをして『あいつは堅気の時間に寝食していない、仕事をしている様子もない、なにで金を稼いでるんだ』などと噂が立てられてしまったら、それこそ睡眠不足が続くよりも厄介なことになる。 旅がらすのようにあちこちを点々としている間はそれでもよかったが、今はなんの因果か小さな村はずれの空き家に腰を落ち着けてしまっているから、尚更だ。散歩がてらに、農業に精を出す村人達と笑顔で挨拶くらいは交わなければならない。 とはいえそれも悪いことばかりではない。しょっちゅう家を空ける口実として、友人の真似をしてとある学校で教師をしているなどと称している石川は、村人からは学者先生と呼ばれて一目置かれている(村の行事や政に結構な金子をばらまいた結果でもあるが)。余り物の野菜や魚などを譲られるのは日常茶飯事ではあったが、今日は出来たてだという酒を頂いてしまったのだから、気分も良くなるというものだ。 なんせここは大きな町ではなく、(村人は否定するが)たいそう鄙びた村だ。美味い酒は簡単には手に入らない。美酒とまでは期待していないが、普段仕事で町に出なければ飲めない酒だ。今日はこれでちびちびやるか、と石川は機嫌良く家の戸を開ける。 ただいまとも帰ったぞとも言わないうちに、玄関先で声をかけられた。 「あら泥棒さん、おかえりなさい」 「お前、その呼び方やめろって言ってるだろうが」 ずばりひた隠しにしている職業で呼ばれ、石川は顔をしかめて声の主を睨む。石川を出迎えた少女はそれをさらりと無視し、石川が下げているものを見つけて「あらあら」と笑顔を浮かべた。ぱちん、と両手を叩き合わせ、 「それはもしかしてお酒ではありませんか」 「ああ。村長んとこの三男坊にもらった。先日出来たばかりだと」 「なるほどそれを私にくださると」 「なんで小娘に酒なんぞ飲ませにゃならないんだ。お前は茶飲んで握り飯食ってろ、発育不良が」 「あら、女性差別反対です。いいですか石川さん、あなただってお母さんから生まれてきたんですよ? 女性がいなければあなたという存在はなかったのです。というわけで女性には優しくしましょう。特に私に」 「母親なんぞ顔も覚えてないな。大体言っておくが、俺は慎み深い美女には優しいんだぞ? そこんとこよく考えてもう一度言ってみろ」 「石川さん、お隣にもらったお魚と茄子の漬け物があります。これを肴にするということでいかがですか」 「……ま、いいか」 言っても聞かないのは最初から分かり切った話ではある。なぜか面倒を見ることになってしまった忍術学園を卒業仕立てほやほやの狸娘(顔ではなく性格の意味だ)は、意気揚々と七輪を出してきて魚を焼く準備をしている。 「あ、石川さんはお味噌を少し取ってきてください。小魚にお味噌つけてネギを添えてちょっと焼いてお酒をぐいっと……うへへへへたまりませんねぇ」 「お前はどこぞの飲んだくれの中年男か……ほれ、味噌壺」 「ありがとうございます。漬け物桶は裏にあるので器に盛っておいてください。あと今日の晩ご飯にしようと思ってさっきキジ獲ってきましたので、あれも塩焼きにしましょう。塩焼き塩焼き。ぐへへへへ」 「お前のにやけ顔気持ちわりぃなぁ……。つかもしかして今から飲むのか? まだ昼間だぞ」 「いいですか石川さん。一番美味しいお酒の飲み方は、他人が汗水流して働いているときにいい肴をつまみながら飲むことです。極上ですよ?」 「俺が言うのもなんだが、お前悪人の素質ありすぎるだろ」 「お褒めの言葉ありがとうございます。ささ宴の用意です。今日は無礼講ですよ」 「お前はいつでも無礼講だろ……」 にへにへと本当に中年親父のようなにやけ顔で、澪は火を熾した七輪で次々と魚を焼いていく。学園で花嫁修業をしていたと言うだけあって、料理の腕はまぁ確かと言えるので、その点は心配ない。狸娘を放置しておいて、石川はもらった酒瓶を囲炉裏の隣に置く。言われたとおりに、漬け物を用意しに家の裏へと歩きだした。 やがて四半刻もすると、囲炉裏の周りにはどどんと祝い事かと言わんばかりの食事が並んだ。魚の味噌焼き、キジの塩焼き、野菜の漬け物に冷や奴、醤油出汁に浸け置いた卵まである。これで白米でもあれば立派な夕食なのだが、あくまでこれは酒の肴だ。 「ふふふ、非常食の干し飯まで出してきてしまいました。これで準備は万端です」 「米そのものを肴にするとは変わったやつだな」 「これは飲んだ後に食べる用です。ささ石川さんお酒いれていれて」 と差し出された澪の手には、どう見てもお猪口などではない大きめの湯飲みが二つある。無言で石川が視線を向けると、澪は大きく一つ頷く。 「何度も注ぐ手間が省けますから!」 「まぁお前が二日酔いで苦しもうがなんだろうが構わないが、俺に迷惑はかけるなよ」 なにか嫌な予感に、ここまで来ていっそ一人で呑んでやろうかと思ったが、澪が延々と拗ねるのはまた面倒くさい事態になる。酒瓶を向けると、澪は珍しく邪推のない笑顔でにこにこと湯飲みを差し出した。二つの湯飲みの真ん中あたりまで酒を注ぐと、澪の手がその一つを石川に渡す。 「いただきますっ」 「おう」 わくわくと口をつける澪に続いて、石川も湯飲みを傾ける。まず最初は舌先だけで味を確かめる。ふわりとした甘くも奥深い酒の香りが、舌先から鼻孔をくすぐる。ごくりと一口飲み込めば、喉元から臓腑までじんわりと熱くなり、身体全体に染みるようだ。やはり高級な美酒とまでは行かないが、そこらの濁酒より余程美味い。今度から金を払ってでも貰ってこようかと思いながら湯飲みを下ろして肴を摘もうとすると、目の前で澪が勢いよく湯飲みを煽っているところだった。一気飲みだ。 「ぷはー。石川さん、入れて入れて」 「……おい」 澪は顔色一つ変えずに飲み干すと、当たり前のように酒の追加をねだる。湯飲みの半分とはいえ、そこそこ強い酒だ。子どもが茶のように勢いよく飲めるものではない。石川が呆気にとられていると、澪は不思議そうに酒瓶に手を伸ばし、自分でとぽとぽと湯飲みに注ぎだした。 「石川さんも入れましょうか? あ、まだ入ってますね。ささ肴もどうぞ、キジの塩焼き美味しいですよ」 「……ああ」 澪はばくばくと肴を摘みながら、その合間にそれこそ水を飲むように酒を飲み干していく。顔が赤らむどころか、表情もまったく普段通りだ。あっという間にという程ではないが、目に見えて減っていく酒に、今更ながらに澪に酒など見せたことを後悔した。無駄だとは思いつつ、嘆息する。 「あのな、酒は少しずつ愉しむもんだぞ」 「いいお酒は一気に飲んでも美味しさは変わらないです。飲んだときにお腹がかーって熱くなる感覚がいいんですよ」 「おっさんかお前」 「学園では、酒豪の澪と自称してました。なぜ自称かと言うと、他にも酒豪がたくさんいたからです。主にくの一教室に」 にへーと微笑んで、また澪はぐびりと酒を煽る。大の男でも悪酔いしそうな量を一気飲みしているのに、澪は未だ酔った素振りすら見せない。半助のやつは生徒にきちんと指導してんのか、と自分を棚に上げて顔をしかめたとき、澪が「ふふふ」と微笑んだ。 「お酒美味しいです。幸せです」 「そーか」 「ご飯も美味しいしお酒も美味しいし楽しいし、幸せってこういうことですよね」 「ちまい幸せだな」 「でも幸せには変わりありませんから。でもきっと、石川さんがいてくれるからですね」 またごくりと酒を飲んで、澪は石川を見る。幸せそうなその瞳は、珍しく年相応の少女のものに見えた。 「……お前」 「美味しいご飯も、美味しいお酒も、石川さんが私の隣にいてくれるから美味しいんですよ。私、それが幸せなんだと思います」 ふわりと微笑んだその顔に、石川は湯飲みを下ろし、澪に手を伸ばす。にこにこと近寄ってきた澪の肩をがっしり掴んで、顔を覗く。 「……おい、澪」 「はあい」 「お前、目の焦点合ってないぞ」 きょとん、と澪が軽く首を傾げる。その仕草自体は先程と同じく年相応だが、それがおかしい。実際顔色はまったく変わっていないのに、澪の目はとろとろと泳いでいるし、ろれつも少し回らなくなってきている。正直不気味の域だ。 「あらー、でもお酒美味しいですから問題ないですよ。石川さんお代わりくだしゃい」 「完璧に酔ってんじゃねえか! 妙ちきりんな酔い方しやがって!」 「あーっなんでお酒取り上げるんれすか、おこりまふよ! 私酔ってなんてないれふ!」 「うっせ、酔っぱらいはみんなそう言うんだよ! もう酒じゃなくて水飲んでろ!」 一喝した途端、澪はぴたりと動きを止めた。何事かと思う石川の前で、澪はふむ、と軽く首を傾げ、口元に手を当てた。無表情で、石川を見る。 「きぼちわるいでふ、のみすぎまふた」 「だから自称酒豪なのかよ……おいそこで吐くな、厠行くぞ」 「うう、世界がぐるんぐるん廻ってます……石川さんが五人くらいいるう」 「勝手に増やすな、ちゃんと立て。ったく、なんで俺がこんな酔っぱらいガキの世話を……」 「うふふ、酔っぱらった私がいくら色気むんむんでも手を出しちゃだめですよ。うぶ、吐きそう」 「そんな変な酔い方するガキ相手にするか、阿呆」 ふらふらしている澪を無理矢理小屋の外に連れて行きながら、石川は一つため息を吐く。澪が悪辣で未熟な狸娘であることは間違いないが、それに振り回されている自分もあまり誇れたものでもない。やっていることはほとんど保護者だ。子どもの扱いに長けた友人に教えを請うべきかと半ば本気で思いながら、厠に澪を押し込んで、水を取りに小屋へと戻った。 お題:『ぐるぐる廻っている世界。』(石川五十ヱ門夢) お題提供:『Abandon』様 小説ってどうやって書くんだっけとか考えてたらゲシュタルト崩壊してきたので息抜きのお題SSS。 初石川さんなのにかっこいいとこ書けなくてごめんなさい。 |
■ お題SSS(雑渡夢) 2011/12/13 (火) くのたまヒロイン。雰囲気だけ。 すっ、と、私の頬に男の指が触れる。固くてかさついた、傷痕だらけの指。優しく慈しむものじゃない、ただ感触を確かめるためだけのもの。 「なんですか」 「いや。出会った頃よりも大きくなったと思ってね」 「何年も経っているわけじゃないですよ。いきなり変わったりはしません」 「たった一年でも、君みたいな年頃は目を離すとすぐに別人になってしまうんだよ」 「おじさんくさいですよ」 「まぁ、おじさんだからね」 頬に触れていた指は、次に私の額に触れる。鼻筋や、顎や、唇に。 私よりほんの少しだけ高い体温が、あちこちに僅かな熱を残してすぐに消えていく。どこにも止まろうとしない体温は、そのまま目の前のひとと重なる気がした。 「いっそ、君も私と同じようになってみるかい?」 包帯だらけの顔で、片目が軽く笑うように細められる。 「仕事をさぼって諸泉さんに怒られろってことですか?」 「いいや。私のように、常に顔を隠してみないか、ということだよ」 雑渡さんの指が、右頬を滑る。軽く爪を立てるそれは、まるで擬似的な傷痕をつけるようだった。 「綺麗に切れると痕も残さず治ってしまうから、刀傷はよくないね。熱湯か漆がお勧めかな。火傷はさすがに痛くて嫌だろう?」 「全部嫌です」 「なら隠すだけでも構わないよ。その顔も手も足も、すべて私のように包帯で包んでしまえばいい」 「どういう趣向ですか」 「おや、分からないのかい。可愛がっている女が自分と同じものになってくれるのは、楽しいことだよ」 「同じもの?」 「一目見ただけで恐れられ、避けられ、畏怖される私と、同じもの、だ」 その声音にもう少しでも笑いが含まれていたら、好きにすればいいじゃないですか、と言えたかもしれない。くだらない冗談を言ってないで城に帰ってください、と説教をすることも出来ただろう。 どちらも成せなかったのは、この会話が雑渡さんにとって幾分か本音を交えたものなのだろうと、そう思ってしまったからだ。 「どうぞお好きに、とは言ってくれないのかな」 「……言えばあなたは満足しますか」 「そうだねぇ、いまこのひとときだけは、安心するかもしれないね」 「なら言いません」 「冷たい子だ」 ゆっくりと、頬を滑る指が離れていく。なんの未練もなく。 このひとはいつだって私を本気で触ったりしない。そもそもこのひとが女に不自由しているはずがない。私はただの玩具で、替えの利くただの道具なのだから。 「どうしてだろうねえ。もっと優しくて可愛げがあって甘えさせてくれる女の子のほうが好みなんだけど」 「紹介してあげましょうか。みんな私よりはましでしょう」 「それでも君が一番面白いよ」 面白い。好きでもなく、愛しているでもなく。 それこそが玩具の証だ。私はこのひとに、人間としても見られていない。 だから鼻先に乾いた布の感触が触れても、薄い唇が触れても、なんとも思わない。これは愛情表現でもなく欲でもなく、玩具に対する戯れだから。 「一生とは言わない。あと少しだけでいい」 「いつも、勝手なことばかり」 「どうせ長くはない身だ、全て付き合わせるつもりはない」 「あなたはいつだってそうやって、全部決めつけてばかり」 「私は君など愛してはいないよ」 そう。私もあなたなど愛してはいない。 視界に靄がかかり、意識が遠ざかる。また『私』は消えていくのだろう。目覚めたとき、思い出したすべてを忘れているのだろう。このひとを愛しているという想いすらも。 「あなたは本当にずるいひとです」 「うん」 「楽しいですか、小娘の心で遊ぶのは」 「我侭でごめん」 「あなたなんて大嫌いです」 「……ああ」 ぽとりと、私の頬からなにかが滑り落ちる。 意識を失う寸前に、小さな呟きが耳に届く。 私の名を呼んだそれは、迷子になった子どもみたいな声だった。 お題:『キーワード模倣。 』(雑渡夢) お題提供:『Abandon』様 雰囲気ポエム。 |
■ お題SSS(伊作夢) 2011/11/30 (水) ケモミミ注意なギャグ。 日直の仕事をしていたら、委員会開始の時間に間に合わなかった。 もともと遅れるかもしれないと伊作君に伝えていたから問題はないけれど、だからってのんびりしていい訳じゃない。足早に廊下を駆け抜けて、医務室へと向かう。確か今日の当番は、二年生と三年生が合同実習だったから、伏木蔵君と乱太郎君、そして私と伊作君の四人だったはずだ。 三人とももう来ているだろうなと、つい声もかけずに慌てて医務室の戸を開いてしまった。そのときだった。 「わー!」 「きゃー!」 「すりるきゃー!」 開いた瞬間、複数の悲鳴が上がる。戸が開いたのがそんなに驚いたのか、医務室の真ん中で今日の当番の三人がびっくりした顔で私を見ていた。どうしたのだろうかと戸惑っていたら、すごい勢いで伊作君が駆けてきて、医務室の中に引っ張られ、ぱしん、と戸が閉められた。 「え? あ、あの伊作君どうしたの……」 「伊作先輩、大丈夫ですか?」 「う、うん、たぶん大丈夫だよ。澪以外いなかったから」 「なんてすごいどきどきすりるー……っ」 ぽかんとしていると、伊作君が慌てて「あ、ごめん」と掴んだままの私の手を離してくれた。 「あの、みんなどうしたの?」 「澪先輩、これには深いワケがあるんです……一言では言い表せないほどの……」 「そうなんです……長くて深い、辛いワケがー……涙なしでは語れない感動すぺくたくる……」 「まあ、ようは不運なんだけどね」 後輩二人がしみじみ頷いてる横で、伊作君がため息混じりに一言で片付ける。不運、と聞いて反射的に医務室を見回したけれど、特におかしなところは見当たらなかった。薬の調合をしていたらしい道具は並べられていたけれど、それがぶちまけられている様子もない。 首を傾げつつ、私は三人の前に座る。たぶんさっきの伊作君の様子は、誰かに見られたくないからこその行動だと思うんだけど、その不運とやらはなんのことなんだろうか。 「不運って……なにが?」 「ええっと、うん……薬がちょっと余ってたから、風邪が流行る時期も近いし、抵抗力を高める薬を作ろうと思ってね……」 「栄養補給用にいろいろ入れた、特製薬湯ですよー……」 「さっき出来上がったんで、みんなでちょっと飲んでみたんですよー」 『そうしたら……』 と三人の言葉が一つに重なり、それから困ったような沈黙になる。不思議に思って言葉の続きを待つ私は、ふと視界に見慣れないものを見つけて目をこらした。ふわふわ、ふりふり、ぴょこぴょこ。獣の毛のような細長いものが、伊作君達の間に見える。それはどう見ても、…………獣の尻尾に酷似していた。 「それ……尻尾?」 「うん、なんかよく分かんないんだけどね、まあこんなことになっちゃって」 言いながら、伊作君が頭巾をほどく。続いて、乱太郎君と伏木蔵君も頭に手をかけて頭巾を外そうとする。するりとほどかれた頭巾の後には、ぴょこん、と見覚えのあるふわふわしたものが飛び出した。 それはどう見ても、 「……もしかしてそれ、耳?」 「うん、そうみたいなんだよね……」 つけ耳かと思ったけれど、伊作君の頭に生えた一対の獣の耳は、落ち込んだようにぺたんと閉じているけれど、時々ぴくぴくと本物みたいに動いたりもしている。同じものは伏木蔵君と乱太郎君の頭にもある。乱太郎君は困ったように自分の耳を引っ張っていて、対して伏木蔵君は楽しそうにもふもふと自分の耳と尻尾を撫でている。 一瞬なんの冗談かと思って、私はまじまじとみんなの耳と尻尾を見つめてしまう。つまり、耳と尻尾だけ動物のものになってしまった、ということなんだろうか。 「なにが悪かったのかなー。普通の材料しか入れてないはずなのに」 「怪しいすりる……雑渡さんがくれた茸……とか」 「期限切れの薬草がいけなかったんですかねぇ」 三人は困った様子で(伏木蔵君はそうでもないけれど)、顔を見合わせている。そのたびに尻尾がへにゃりと垂れ下がったり、ぽふんぽふん畳に叩きつけられたり、ゆるーりゆるーり揺れていたりして、その様子はどう見てもニセモノには見えない。 よくよく見てみると、三人とも少しずつ耳と尻尾の形が違う。生物委員ではないから確かなことは言えないけれど、たぶん伊作君がふわふわした犬の耳と尻尾で、伏木蔵君がきつね、乱太郎君がたぬきだ。 「耳は頭巾で隠せばいいけど、尻尾はちょっと隠しにくいよね」 「無理矢理突っ込んだら、袴がごわごわになっちゃいますし……頭巾で押さえてたら耳も窮屈ですし」 「尻尾……毛羽立ってるから、後でちゃんとぶらっしんぐしなきゃ……」 「解毒剤作ろうにも、変な薬草入れてないしね……時間が経てば戻るといいんだけど」 「そもそもなんで私がたぬきなんですかー。伊作先輩みたいな犬がいいですー」 「えー……、乱太郎のたぬき可愛いよ……? 僕はきつねさんで嬉しいけどなあ……」 「なんだか私がたぬきに似てるみたいでちょっと嫌なのっ」 「まあまあ二人とも、似合ってるからいいじゃないか。僕なんて六年生で犬の耳と尻尾だぞ? ほんと、こんなの洒落にもならないよ」 「そうですか? 伊作先輩、似合ってると思いますよ」 「ううん、この年になってそれもどうかと思うけど……」 「わぁー……澪先輩、くすぐったいですよー……」 照れ笑いのような伏木蔵君の言葉に、私はハッと手を止める。じーっと見ていたら、目の前でぴょこぴょこ動いている耳と尻尾がなんだかすごく愛らしくて、つい伏木蔵君の耳を撫でてしまっていた。しかも一度は手を止めたけれど、あまりの肌触りの良さに胸がきゅうんとしてしまって、またなでなでと手を動かしてしまう。くすぐったさに笑う伏木蔵君に、乱太郎君と伊作君が不思議そうに私達に目を向ける。 「澪?」 「ご、ごめん……可愛いから撫でたくなっちゃって……ああ、ふわふわしてるー……」 「耳の裏はくすぐったいですよー……っ駄目ですよーっ……」 「もー、澪先輩、伏木蔵で遊んでないで相談に乗ってくださいよー。私達いつまでこんな……わっ!?」 「た、たぬきさんも可愛いなー……ああこっちもふわふわしてる、もふもふしてる……!」 「きゃーっ! 澪先輩、尻尾掴まないでくださいーっ!」 「あああごめん、でも可愛いから……! わあ尻尾がぷるぷるしてるー! あったかい……!」 「ちょ、ちょっと澪待って、乱太郎嫌がってるから……」 慌てて伊作君が私を止めようとしたとき、私の顔を見て伊作君はびくっと身を引いた。緊張にぴくぴく震える耳。警戒にぴんと立った尻尾。肌触りの良さそうなその二つに、たまらなくなって乱太郎君から手を離し、私は伊作君に向き直る。おどおど困ったようにしてる伊作君の姿は、もはやおっきくて優しそうな犬にしか見えない。撫でたらどれくらい気持ちいいだろう。 「あ、あの、澪……?」 「さ、さわらせて……! ちょっとでいいから! 撫でるだけ! ちょっと撫でるだけ!」 「え? いやあの、ちょっ、待って、待って澪ー!」 身を乗り出すと、びくうっっと耳も尻尾も逆立てて、伊作君が逃げようとする。だけど伏木蔵君と乱太郎君のふわふわもこもこした感触が忘れられない私は、ほとんど掴みかかる勢いで伊作君に手を伸ばす。身を捩る伊作君の腕を捕まえて、さあいざ耳と尻尾を撫でくり回してくれる……! と、そう思ったときだった。 「……耳、ふわふわもこもこ、尻尾……あれ?」 ゆっくりと目を開けると、視界が闇に閉ざされていた。幾度か瞬きを繰り返すと、次第にその闇が薄れてくる。伊作君の耳と尻尾に伸ばしていたはずの手は、布団の上で敷布を握り締めていた。 「…………?」 未だなにが起こったのか分からなくてゆっくり上半身を起こすと、腰元のあたりにふわふわしたものが当たる。見下ろしてみると、伊作君が静かに眠っていた。ふわふわしているのは、伊作君の髪だ。 それでようやく、今までのが全部夢だということに気がついた。 「……あとちょっとだったのに……」 まだぼんやりとする頭で、こっそりため息を吐く。 未だに、撫でていた感触が手のひらに残っている気がする。ちょっと残念に思いながら、私は静かに眠っている伊作君の頭を撫でる。もちろんそこに犬の耳はないけれど、なんだかほっとする。 もう一度布団に潜り込んで、伊作君の頭を抱くように身を寄せる。自然に腰に回される腕に、ゆっくりと身体の力を抜いて目を閉じた。 まだ朝までは時間がある。今なら、あの続きが見れるだろうか。 「……おやすみなさい」 今度は保健委員全員がいいなぁと思いながら、私の意識はまた溶けて行った。 お題:『帽子と獣耳の組み合わせ。』(伊作夢) お題提供:『Abandon』様 悪いのはピンポイントすぎるお題です。 |
■ お題SSS(タカ丸夢) 2011/11/25 (金) 内容なし。ヒロインが泣いてるだけの暗い話。 今更ながらに、手拭いを持ってくるのを忘れたことに気がついた。 崩れ落ちるように床に座り込んだ瞬間、ずっと堪えていた涙が溢れ出す。押し殺すことすら出来ず、競り上がる感情を嗚咽と共に吐き出した。 いつでも笑えるように、いつだって本心を隠せるように、そう繰り返し繰り返し授業で教わったのに、その欠片も実践出来ていない。 けれどそれが簡単に出来るほど私の成績が良かったら、こうして泣くことだってなかったはずだ。 深夜の火薬倉庫には、誰の気配もない。火を灯してはいけない場所だから、灯りはただ一つの格子窓から降り注ぐ、薄い月光だけ。しゃくりあげるたびに、白い呼気が闇の中に消えて行った。 お前は出来損ないだ、と失笑されている気がする。 なんのために学園に入れたと思っている、と怒声が浴びせられている気がする。 殴られるよりも痛いよりも寒いよりも熱いよりも、それは私にとって恐ろしいことだった。 鼻先と頬を伝い、涙が溢れては落ちていく。頭の中で響く罵声に、意味がないと知りつつ、両耳を強く塞ぐ。お前にはもうなにも期待していない、と一番恐れるひとの声に、身を縮めて泣き続けた。 努力はしていたつもりだった。でもそれはなんの言い訳にもならない。私には忍者としての才能も、ひとの上に立つ才能もない。私に求められたのは、その二つだけだったのに。 大丈夫よと、先生は言ってくれた。先生からお話しするからと、優しく気遣ってくれた。とても嬉しかったけれど、それが気休めにしか過ぎないのは私が一番知っている。 私が努力しても出来ないことを、易々とやり遂げていく同級生達が本当に羨ましかった。みんな私より綺麗で、賢くて、そしてなにより私に対して見下すことなく、いつも優しくしてくれた。 その子達が、今はとてもとても妬ましい。妬ましく思う自分がすごく嫌で、けれどやっぱり妬ましくて、相反する思いは最後にはやっぱり悲しみになる。 あの子達の半分でも、私が美しかったなら。あの子達の半分でも、私に才能があったなら。 ──あのひとに捨てられずに済んだのだろうか。 月が雲にかかり、倉庫の中が真っ暗になった。ゆっくりと肩で息をしながら、私は耳を塞いでいた両手を下ろす。涙はずっと流れ続けて、頬を濡らして落ちていく。手のひらで拭っても拭っても、すぐに視界が揺れる。 無意識に手拭いを出そうとして、そのときに気がついた。夕方に部屋に干したままで、忘れてきてしまったのだ。 ああ、私はやっぱり『駄目』なのだ。泣きに来たのに、それを拭う布さえ持って来ていないなんて。 怒られるのも当然だ。失望されるのも当然だ。私は、なにひとつ期待に応えられなかった。 ──ただひとつ、お父様が一番に望んだ、『男として生まれてくる』ということすらも。 「……もしかして、澪ちゃん?」 ふいに呼ばれた名前が、なぜかひどく懐かしく思えた。顔を上げると、その拍子にまた頬に涙が滑り落ちる。 誰もいなかったはずなのに、今は誰かの気配があった。真っ暗でよく見えない中を、少し苦労しながら近付いてくるのが分かる。火薬倉庫の一番奥にいる、私のところまで。 その足音にも気配にも、覚えがあった。普通の生徒は、火薬倉庫には簡単に入れない。私のように火薬委員で、倉庫の合鍵の在処を知っているような生徒でなければ。 足音と気配は、私の後ろで戸惑うように止まる。澪ちゃん? ともう一度名前が呼ばれた。 泣きすぎて、心がまともに動いていなかった。座り込んだまま、ゆっくりと振り向く。そのとき雲が流れ、格子窓から月の光が落ちて、倉庫の中の闇が払われた。 驚いた顔のタカ丸さんが、すぐ傍に立っていた。あんなにも誰かの前で泣くことを嫌がっていたのに、私はそのとき心のなにかが麻痺していたのだと思う。ただぼんやりと、タカ丸さんを見上げることしかしなかった。 「どうして、泣いてるの?」 なにを言おうか迷う素振りを見せた後、タカ丸さんはそれだけを口にした。静かに腰を下ろして、私と視線を合わせる。そしてすぐに、困ったような顔をした。 「……ごめん、他人に言いたくないこともあるよね」 「…………私」 ただ反射的に口を開いただけなのに、また涙が溢れて、流れていく。俯くと、ぽとりと手の上に涙が落ちた。頬も私の手のひらも、涙で濡れている。 「澪ちゃん」 そっと、頬に温かなものが触れた。タカ丸さんの指だと分かったのは、目尻を拭ってくれたからだ。ずっと滲んでいた視界が、一瞬だけ鮮明になる。 「話して楽になるなら、俺でよかったらなんでも聞くよ」 瞬きをした途端に、また涙で視界が滲む。そのたびに、タカ丸さんの指が涙を拭ってくれた。 「ごめん。俺、いないほうがいいかな」 黙っている私の顔を、タカ丸さんが覗き込む。口を開こうとして、だけどなにを言えばいいか分からなかった。 「ごめんね。誰にも言わないから」 返事がないのを肯定だと思ったのか、タカ丸さんはそっと身を引いた。タカ丸さんの手が、私の頬から離れていく。触れていた指は、とても温かかった。火薬倉庫では火は厳禁だ。今は冬で、私は温かな格好もしていない。自分が寒さに震えていたことに、今ようやく気がついた。 「ごめんね」 最後にそう言って、タカ丸さんは立ち上がろうとする。 「私」 冷えたままの心で、冷えたままの身体で、私はどうしていいか分からなかった。伸ばした手さえ、震えていたけれど、 「私、手拭い、……忘れてきて、それ、で」 嗚咽混じりの酷い声だった。タカ丸さんが立ち上がるのをやめて、また座り直してくれる。伸ばされた手が、涙を拭ってくれる。また競り上がってきた悲しみの感情が、私の身体に満ちていく。 「泣き、に、きて、私……でも……、っ……」 言葉が詰まり、あとは意味のない泣き声になった。ふいに強く引き寄せられて、身体が温かく包まれる。 「うん、大丈夫」 耳元の声は、少し固くて。 「大丈夫だよ」 頭を撫でてくれる手が、冷えた私の身体のせいだろうか、少し震えていた。 私は今、すごく悲しい。それを改めて自覚して、タカ丸さんに身を寄せる。 ずっと誰にも言わずに押し込めていた感情が、堰を切ったように溢れ出す。涙と一緒に、全部。 抱き締めてくれる腕に、私の嫌なところを全部さらけ出して、涙が涸れるまで泣き続けた。 お題:『善悪判断付かずに泣いた。 』(タカ丸夢) お題提供:『Abandon』様 お題から思いつけなくて、タカ丸連載のプロットから起こしてきました。 |
■ お題SSS(左近夢) 2011/11/15 (火) 年齢操作なし。自覚前。 肌寒くなると、日の出ている時間が急に短くなる。見る間に沈んでいく陽に急かされるように、僕は早足で学園の端へと向かっていた。 幾つかの木立を抜けて、だだっ広い運動場を横切る。まだ二年しか在籍していないけれど、この学園の無駄な広さは身に沁みて理解している。もう少し狭くてもいいのに、と思いながら足を動かし続けて、ようやくに目当ての場所へとたどり着いた。 学園生徒ならばよく訪れる、自主トレ用の手裏剣の練習場。日が沈むことを見越してか、もう備え付きの台にかがり火が燃えていた。 的から外れた手裏剣が万一にも他人に当たらないように、手裏剣場も、的と的との間隔もだいぶ広い。今は上級生の先輩二人と、そして僕が探していたひとが、ばらばらの場所でそれぞれに自主トレをしていた。 「澪先輩!」 声をかけると、的へ手裏剣を構えていた澪先輩が、くるりと僕を振り向いた。目が合うと、「あ」とその顔がほころぶ。 「左近ちゃん。どうしたの? は、もしかしてこの間の身体測定、検便出してないのばれちゃった? 女の子にはいろいろあるから仕方なかったんだよー、ちゃんと二次検便のときは出すから」 「ちちち、違います!」 勝手に聞いてもいないこととを口走りだした澪先輩に、慌てて否定する。きょとんとした顔の澪先輩に大股に近付き、右手に下げてきた救急箱を掲げてみせた。 「これですっ!」 「ん? 治療ならさっきしてもらったよ?」 「出張医務室です。い、伊作先輩が、あの子きっとまた怪我してくるから、救急箱持って行きなさいって」 「うわっ! すごい、常連さんへのサービスかなっ!? これで怪我しても大丈夫だねっ」 もちろん僕の嘘だったんだけど、澪先輩は疑う様子もなく楽しそうに笑う。単純なひとでよかった、と僕はほっとする。 よく怪我をしてくる澪先輩は今日も医務室に来て、左の二の腕に二箇所、頬に一箇所、足首に一箇所の傷を、僕が処置して包帯を巻いた。そのときに「今日はご飯終わったら手裏剣の自主トレするんだ」と言っていたから、また怪我しないように見張らなければと、慌てて追い掛けてきたのだ。 「じゃあ今日はいつもより激しく練習しても大丈夫だねっ」 「違いますっ! 怪我しないようにしてください!」 「えー、でもせっかく左近ちゃん来てくれてるのに、怪我しないなんてもったいないよー」 「もったいなくなんかないですっ! あと左近ちゃんって呼ぶのやめてください!」 冗談だと分かっていても、大声を上げてしまう。案の定澪先輩はにこにこと微笑み、「分かってるよー」と機嫌よく頷く。まったく、このひとはすぐに僕が怒るところが好きみたいにからかうから、たちが悪い。 「じゃあ、後ろのほうにいてくれる? それとも左近ちゃ……左近も一緒に練習する?」 「ん……いえ、僕は見学させてもらえれば」 「そっか。じゃあ見ててね、私頑張るよー!」 ひらひらと手を振る澪先輩の邪魔にならないように、僕は少し離れた草の上に定位置を決める。澪先輩を横側からよく見える場所だ。隣にそっと救急箱を置いて、腰を下ろした。 澪先輩は、本当によく医務室に来る。遊びに来ているのではなくて、治療しにだ。保健委員会以外でそんなにも生傷が絶えない人は、上級生の先輩方を除いて、僕は澪先輩くらいしか知らない。 僕と澪先輩の接点は基本的に医務室だけだから、その傷の多さから澪先輩はまず間違いなく実技が苦手……というかうっかりさんというか注意不足というか、そんな感じなんだろうなと、僕は勝手に決めつけていた。 だから一つ年上とはいえ、手裏剣が上手いわけはないと、また勝手に決めつけていた……んだけど。 「見ててね、左近ちゃーん!」 「ちょ、大きい声を……」 しゅん、と空を切る音が聞こえた次の瞬間には、手裏剣が的のほぼ真ん中に突き刺さった。軽く腕を動かしたくらいにしか見えなかったのに、次々と短い間隔で打たれた手裏剣は、まぐれ当たりではない安定した命中率だ。的の真ん中に突き刺さった手裏剣にさらに次の手裏剣がぶつかり、高い金属音を立てて落ちていく。 しかも、手裏剣は一種類じゃなかった。四方、八方、棒手裏剣、どれをも混ぜ合わせて、けれどそのたびに手を止めることなく、澪先輩の手から手裏剣が放たれ、そのほとんどが的に当たった。 上級生の先輩方と比べたらどうかは分からないけれど。どう贔屓目に見なくても、僕はもちろん、二年の同級生誰よりも、澪先輩は上手かった。 正直、驚いた。しかも澪先輩は、左手や足に怪我をしているのに。 「あー、手裏剣なくなっちゃった。あ、左近ちゃん、みてみて、怪我してないよ!」 「え? あ……はい」 「あんまり当たらないなあ。最近練習さぼってたから、もうちょっとましにならないとね」 謙遜でもなんでもなく当たり前のようにそう言うと、澪先輩は手裏剣を回収に向かう。自動的に手裏剣が返ってくるといいのにーとか変なことを呟いてる澪先輩に、僕はなんだか急に焦ったような怖いような、不思議な気持ちになった。 僕は不運かもしれないけど、別に実技が苦手なわけじゃない。努力を怠ったこともないし、先生や友達もそれを認めてくれている。たとえば六年生の先輩方の実力なんてあまりに違いすぎて自分とは比較出来ないけれど、女子の、それも怪我ばかりしてくる澪先輩なら、忍術の実力だって僕の想像の範囲内でしかないだろうと、そう勝手に勘違いしていたのかもしれない。 見下していたわけじゃない。蔑んでいたわけでもない。……だけど。 よく分からないけれど、澪先輩が今までよりずっと、なんだかすごく、遠くに感じた。 一つ年上の先輩なんだから、そんなことがあってもおかしくないのに。 澪先輩は集中力も悪くなくて、手裏剣を拾いに行くときは「怪我しなかったよー!」と毎回嬉しそうに僕に話しかけたけど、それ以外は真剣に練習に打ち込んでいた。回数を重ねるごとに、澪先輩の手裏剣は初回より投げる速度も命中率も上がっていく。 僕は、もしかしたら勘違いしていたのだろうか。澪先輩は実技が苦手だから、不注意だからよく怪我をしてくるんだと思ってた。 でも、もしかしたらそうじゃなくて、 ──誰よりも真剣に実技に取り組んでいるからこそ、怪我する回数が多いんじゃないだろうか 医務室に来る澪先輩に、もう怪我するなとか注意が足りないからですとかあれほど偉そうに言っていた自分が、なんだかすごく小さく思えた。ごめんね、といつも笑ってた澪先輩がどういう理由で怪我を負ったかなんて、僕はほとんど知らないのに。 僕は、僕が思っているほどに、澪先輩のことを知らないのかもしれない。 ふとそう思ったとき、それまで以上に、なんだかすごく、……寂しいな、と思った。 「やった! 百回連続で当たったよー! 見て見て左近ちゃん! ずるしてないよ、百回当たったよ!」 「あ……おめでとうございます」 「うんっ。きっと左近ちゃん……あ、じゃなかった。左近が見ててくれたからだよね!」 えへへー、と澪先輩が僕の知ってる顔で笑う。それにほっとすることもなく、ますます澪先輩との距離が遠くなったように思えた。そのとき。 「よし、このまま二百回連続目指すぞー! 手裏剣回収、手裏剣かいしゅ……あっ」 ばたん、と。的に向かって駆けだした澪先輩は、いきなりなにもないとこで盛大にこけた。次いで、ごん、と酷く痛そうな音がする。 一瞬なにが起こったか分からなくて、僕はきょとんとしてしまった。あれだけ的確に手裏剣を的に当てていた澪先輩が、同級生の誰よりも早くたくさんの手裏剣を使いこなしていた澪先輩が。 なにもないとこで、しかも盛大にこけて頭打った。 数呼吸ほどの沈黙のあと、澪先輩がゆっくり起き上がる。頭を押さえながら僕を振り向いたその顔は、涙目だった。 「左近ちゃん……痛いよ……」 「な」 心を占めていた重い感情もなにもかも、全部が一気に弾け飛んだ。 「なんで、なにもないとこでこけられるんですかーーーーーーーーーー!」 結局救急箱は無駄にならなくてよかったというべきか、保健委員として明らかに無意味な怪我に怒るべきか。 澪先輩の額、女の人には似つかわしくないぷっくり膨れたこぶを治療しながら、僕はしょんぼりしている澪先輩に、実のところ結構呆れていた。幼児や年配の方ならともかく、仮にも忍び見習いがあんなに勢いよくこけられる意味が分からない。 「だって左近が見てくれてたから、いいところ見せようと思って頑張って…………気が抜けたらどたって」 「べ、別に、僕は澪先輩のいいところが見たくて来たわけじゃないですよっ」 「残念だなー、あともうちょっとで左近に褒められてたかもしれないのに」 「怪我してるひとを褒めたりしませんっ!」 医務室でいつもしているみたいに、僕はがみがみ澪先輩を怒り、澪先輩はうなだれている。 そのやり取りに、僕はなんだか、心のどこかですごくほっとしていた。澪先輩が僕の知ってる澪先輩だったことが、本当に嬉しかった。 それがどういう意味なのか分かるのは、もっと後のことだけど。 お題:『新宇宙・制作中 』(左近夢)(55) お題提供:『Abandon』様 たまに「こんなお題でなにを書けばいいんだ」っていうのにぶち当たるのですが、これがまさにそうです。恋心=宇宙って見立てたらいいかなって思って書いたのですが、ここで説明している時点で文章内に反映出来てないということです。 |
■ お題SSS(兵太夫夢) 2011/11/14 (月) 恋仲後。年齢操作五年設定。 この忍術学園で危険な場所と言えば、まず第一に思い浮かべるのがここだろう。 至るところにある小さな罠に加え、落とし穴に釣り天井、鳴子も張り巡らされている。なにより万一見つかったときの絶望感が凄まじい。上級生の罠練習場や埋火の地雷原、教師長屋に火薬庫と、他にも危険だと言える場所はないでもないが。 「まあ、罠なんかよりここにいる奴らのほうが半端なく危険だしね」 独りごちる兵太夫は、下級生男子にとっては地獄と同意である、くのたま長屋の天井裏に居た。カラクリに関しては学園広しと言えど三治郎と並んで随一だと自他共に認めるだけあって、兵太夫はくのたま長屋だろうが罠自体に掛かることは皆無だ。けれど全てを避けて進むとなると、さすがにそこそこに時間はかかる。 「あ、なにこれ新作? ……ふうん、導線使って弓を発射するようにしてんだ。単純だけどその分引っ掛かりやすいかもね」 見たことのない罠に一人で講釈を垂れつつ進んでいき、兵太夫は目当ての部屋の上へと辿り着く。ここまでくれば慣れたものだ。天板を一枚外し、そのまま下へと飛び降りる。 「あ、兵ちゃん! いらっしゃーい!」 突然に、きゃあ、と高い女子の声が響く。部屋の真ん中、笑顔で兵太夫に手を振る女子生徒が一人。げ、と兵太夫が顔をひきつらせたとき、女子生徒は勢い良く兵太夫に飛びついてくる。押し倒されそうなところをぎりぎりでその肩を掴んで止める。 「ちょ、澪、お前静かに……」 「兵ちゃん遅かったねー! 私、一刻前からずっと待って……むぐ?」 咄嗟に兵太夫が手で口を塞ぐと、澪はきょとんとしてから、あ、そうか、という顔をした。てへへ、と兵太夫から離れる。 「お前ね……! いつも静かにしろって言ってるでしょ」 「ごめんね、つい嬉しくて」 「もし見つかったら、僕がフルボッコされるって分かってんの?」 「そのときはちゃんと守ってあげるよー」 「山本シナ先生からは守りきれないでしょ」 「それはそうだねー」 ぽやぽやした笑顔で頷く澪の頭を、「だから静かにしてよ」と兵太夫は軽く叩く。澪は「ごめんね」と悪びれなく頭を下げて、にこにこと兵太夫を見上げる。 「だって兵ちゃん、滅多にこっちに来てくれないから。いつも月の終わりだし」 「仕方ないでしょ、そのときが一番隙があるんだから」 くの一教室で一番恐ろしいのは無論最高学年だが、その六年生達は月の終わりにはお疲れ様会と称してよく一部屋に集まって騒いでいる。つまりその時を狙うのが、一番侵入しやすい。こうして澪が大きな声を出しても、見つかりにくい。 「兵ちゃんなら、先輩達がいても簡単に来れると思うけど」 「まあね。でも万が一見つかったら厄介だし」 ぎゅう、と抱きついてくる澪の背中に手を回しながら、兵太夫はため息を吐く。 学園内で恋仲になればいつでも会えると思われがちだが、実際はそうでもない。確かに「会う」だけならば容易いけれど、寮生活である分、完全に二人きりになるのは難しい。 「ふふ、一月ぶりの兵ちゃんだー……」 嬉しそうに、澪がすりすりと兵太夫の頬に自分の頬をすり寄せてくる。何歳になっても子どもみたいだ思いながら、兵太夫も澪の頭を撫でてやった。 「ねえ兵ちゃん、兵ちゃんがこっちに来るのが難しいなら、私がそっちに行ってもいいよ」 「駄目」 「えー……。忍び込むならこっちより男子寮のが簡単なのに……」 「駄目だって何度も言ってるでしょ。来たら本気で怒るからね」 「なんでー……。あ、兵ちゃん、もしかして天井裏に春画でも隠してるとか? だから恥ずかしいの? 大丈夫だよ、気にしないから」 「馬鹿言ってると口塞ぐよ」 にこにこと楽しそうに語る澪に、そのまま本当に口付けた。澪も嬉しそうに兵太夫の背に手を回して、唇を押しつける。 柔らかなその感触に、腹の奥がじんわりと熱くなる。口付けを解いて澪を押し倒し、その腰帯に手を伸ばす。 素直に認めないけれど、無論恋仲なのだから、兵太夫も澪に会える機会がもっと多ければとは思っている。確かに澪が男子寮に来るならば、三治郎を追い出して二人だけになるのは簡単だろうけれど。 「こいつ絶対行きがけに、『今から兵ちゃんの部屋いくんだよー』とか吹聴しながら来るに決まってるし……」 「ん? 兵ちゃんどうしたの?」 「……なんでもない」 それに、いくら効率的だからって、好いた女を夜中に男子ばっかりの場所に来させるのも腹が立つしね。 そういつものように結論を出して、卒業までの辛抱だと、一ヶ月ぶりの恋人の体温に触れる。「兵ちゃん大好きだよー」と幸せそうに笑う澪に、「知ってるよ」と答え、またその唇に口付けた。 お題:『月末だけの恋人。 』(兵太夫夢)(40) お題提供:『Abandon』様 |
■ お題SSS(三郎夢) 2011/11/08 (火) 恋仲後。雰囲気だけ微裏っぽい。 肌寒い朝だったが、天気は良いようだった。差し込む陽はまだ薄いが、明るく澄んでいる。 戸板の向こうからは、小鳥の鳴き声や朝の早い生徒達の生活音が聞こえてくる。けれど今日は休日だ。俺の膝上で猫のように丸まって眠っているやつを急いで起こす必要もないだろう。 布団の上に身体を起こし、手早く雷蔵の顔をつくり、付け髪を結い上げる。寝ている間に乱れた掛け布団を直し、丸まっている身体にかけてやった。 顔を借りている同室の相手は、個人実習のために今日の夜まで戻ってこない。だから夕方くらいまで寝かしていても構わないが、この女が朝食を抜くはずもない。あと半刻ほどしたら起こしてやるか、と俺ももう一眠りしようとしたときだった。この部屋へと、見知った気配が近付いてくる。 「おーい三郎、朝から悪いけど、起きてるだろ? 今度の野外実習のことなんだけ……」 ど、と言いながら勝手に戸を開けた八左ヱ門は、そのままの体勢でかちんと固まった。俺は夜着すら着ていないし、辺りには昨日脱ぎ捨てたままの装束が乱雑に放り出されていて、なにより同じ布団で澪が眠っている。一見して乱入してはまずい状態なのは誰にだって分かるだろう。 八左ヱ門を睨んで口を開こうとすると、膝上で眠っていた澪が、人の気配を感じたのかゆっくりと目を開く。 「ん……さぶろう?」 起き上がるのに手を貸して引き寄せると、澪は八左ヱ門がいるのに気づいていないのか、まだ少しぼんやりした瞳で微笑みながら、俺の首に手を回す。 「おはよう、三郎」 「ああ、おはよう」 そのまま、澪が俺の唇に口付ける。挨拶代わりの柔い愛撫だ。俺も澪の頬に手を添えて口付けを返し、そのまま額や頬にも唇を落とす。にこにこと微笑む澪の頭を撫でてから、まだ固まっている八左ヱ門に視線を向けた。 「……いつまで見てんだよ。取り込み中だから後にしろ」 「わ」 びくっと八左ヱ門が震える。澪が不思議そうに振り向いた瞬間、ばしん、と戸が閉められた。 「悪い!!!」 大声で謝った後、忍者らしくないどたばたした足音と共に八左ヱ門の気配が去っていく。「女連れ込むやつなんか絶滅しろおおおおお!!!」とこれまた大声が聞こえてくるが、ただのもてない男のひがみだな。 「た、竹谷!?」 ようやくに事態を察した澪が、身を起こして追い掛けようとする。その腕を掴んで、無理矢理引き寄せた。 「おい、お前裸のまま出る気かよ」 「ちょ、今のどういうこと!? なんで竹谷いたの!?」 「いや別に。あっちが勝手に俺しかいないと思って覗いてきただけだ。それとお前が勝手に俺に抱きついて口付けしてきただけだな。全裸で」 「いやーーーー! 見られたーーーー! どうしよ三郎、もう私竹谷に会えないよ!」 「角度的にお前の背中しか見えてないし、大丈夫だろ」 「そ、そうじゃなくて! いやそれもなんだけどそれだけじゃなくて、は、恥ずかしい! すごく恥ずかしい! 穴、穴に入りたい! 穴ー!」 「後で掘ってやるから落ち着けって。そんな穴穴言ってると今度は綾部が来るぞ」 「もうやだーー!」 真っ赤になった顔を隠すように、澪が俺にしがみついてくる。おー、悪くない。 澪が動揺しているのも愉しいし、見せつけるのも愉しいし、八左ヱ門が同級の奴らに吹聴することを考えたらさらに愉しい。 ま、たまにはこんなのもいいだろう。 ぐずる澪を「大丈夫だ大丈夫だ」と背を撫でてやりながら、見えないようにほくそ笑んだ。 お題:『心はいつだって末期症状。 』(三郎夢)(30) お題提供:『Abandon』様 変態くさい。またお題からずれてますが、なんか微裏っぽい雰囲気が書きたかったんですごめんなさい。 |
■ お題SSS(長次夢じゃない) 2011/11/07 (月) ちょっと下品アホギャグ・夢じゃない 予算会議が近いので、自部屋で図書委員会の予算案を立てていた。 文机に向かい、反故紙に試算を書き出して行く。開いた幾つかの帳簿を見つつ作業をしていると、視界の端でひょこひょこと見慣れた犬の尻尾のような髪が動く。小平太だ。 珍しく部屋の中にいる小平太の手には、一冊の本がある。頁をめくるごとに「おー!」とか「そう来たか!」とか「新しい価値観だな!」とか叫び、うんうんと満足そうに頷く。正直少しうるさいが、まあ無視していればいいだろうと放置していたのが悪かった。 小平太は突然に本から顔を上げると、「なあなあ長次!」と見ていた本の頁を俺に突き出した。 「お前、どの女が好みだ!?」 突き出されたのは、全裸の女性が三人並ぶ絵。明らかな春本だった。 珍しく本を読んでいると思ったら春本か、などとは思わなかった。小平太が真剣に読んでいる時点で、その本は春本に違いない。この男が教科書や参考書はもちろん、字が並ぶ本を読むわけがないからだ。 別に春本を読むなとは言わない。興味がないとも言わない。 だがここまで堂々と表に晒してなにかいいことでもあるのか、と俺は無駄に輝いた瞳で本を突き出してくる小平太を見やる。 「え、私? そうだな、私はこの尻がでっかい子だな!」 聞いてもいないのに、小平太がその三人女性のうち一人を指す。 扇情的な三人の女性の春画は、色気があるものから幼さを醸し出しているものまで、男の好み別に取りそろえたように似たところが少ない女性達だった。小平太が指しているのは、その三人の中で一番女らしい身体つきの女性だ。 「女の人はお尻と胸がおっきいほうが見ててわくわくするからなー! なぁ、長次はどれが好みだ!? 左か!? 真ん中か!? 右か!?」 さらに問われて、渋々と改めて絵を確認してみる。 真ん中が小平太の好きだという、女らしく色気のある女性の絵。左が幼くまだ身体も成長しきっていないが愛らしい少女の絵。そして右が、扇情的な身体付きではないが健康的で明るそうな少女の絵だ。 絵なのだから当然だが、どれも見目麗しい。ならばあとは本当に好みだが。 「私さー、この春画家好きなんだ! 女の子みんな可愛いしえろ……ん?」 適当に選ぼうと指を動かそうとしたとき、ふいに小平太が口を閉じて戸の方向を振り返る。気づいて俺も視線を向けた瞬間、 「失礼しますー! 長次いるー?」 戸が開いて、腕に数冊の本を抱えた澪が現われた。 「…………」 「…………」 「…………」 沈黙はほんの一瞬だった。 開いたままだった春本を閉じようとすると、それより先に小平太が素早く身を引き、春本を振りかぶる。横から奪おうとする俺の手を避け、そのまま投げた。 きょとんとしていた澪も、即座に何事か察知したのか腕に抱えていた本を下ろし、自由になった両手で小平太が投げた春本を受け取る。ぱしん、と小平太の手から澪の元へと春本が移動する。 「っしゃあああああ! いいぞ澪ーーーーーーーー!」 拍手喝采しそうな小平太を、とりあえず後頭部を掴んで畳に叩きつけた。 「わー春本だー。これ小平太の? 長次の?」 「そ、それ! 十四頁! 十四頁だ! うげふっ」 「ん? 十四……っと」 興味津々にぱらぱらと頁をめくる澪に駆け寄ろうとすると、がしり、と小平太が足にしがみついてくる。蹴っ飛ばそうかと一瞬の迷いの間に、澪が「おおー、題名・桃色果実三人娘……」と声を上げた。 「この子達がどうかしたの?」 「それ、長次の好みらしいぞ! な、長次……って、いたたたたたた髪痛い!」 「え、全員好みなの? 長次って意外と守備範囲広いんだねー」 「ちなみに私は真ん中だ!」 「私はこのちっちゃい子がいいなあ。昔から妹欲しかったんだよね」 「長次はどれか一人選べないくらい全員好みらしいぞ! な、ちょ……いだだだだだだだだだだ! 外れる! 肩外れる長次!」 「全員好みかー、つまり可愛い子ならなんでも好きってことだね!」 「肩! 肩外れた長次ーー!」 小平太に寝技をかけて転がしておいて、澪へと足を進める。なにが分かったのか「なるほどなるほど」と呟きながら春本を読んでいるのを、やや乱暴に取り上げた。 「ありゃ」 「………………」 「あはは、そんな怖い顔しなくても分かってるよ! 長次の好みとか誰にも言わないから! あーでも幼年好みはちょっとどうかと思うなー。好みはいいけど手を出しちゃ駄目だよ?」 「………………」 明らかに勘違いをしている澪に、小さく首を横に振る。このままだと悪気なく一生からかわれる。 「ん? 違うってなにが? どの子も好みじゃないってこと?」 「よいしょっと。よし、肩はまったぞ長次ー!」 「長次、どうしたの? 私、気にしてないよ。だってくの一教室の房術の教科書とか、こんなもんじゃないよ? すごく生々しいんだから」 「ほんとか! 澪、今度私にそれ貸してくれ!」 「いいけど、女の人の絵なんてないよ? 男の人の急所の断面図とかばっかり」 「いたたたたたたたたたたたたたた想像しただけで痛くなってきたぞ私……って長次待ってそれどうすんの!? ちょっ、なに池に向かって振りかぶってんの!? 私それ先月買ったばかりでまだ使ってな……あああああああああ!!!!!!!」 ちなみに誤解を解くのに三ヶ月かかった。 お題:『左・真ん中・右。 』(長次夢じゃない)(50) お題提供:『Abandon』様 お題から全然浮かばなかったので、もう開き直って下品ネタに走りました。夢要素がどこにも入れられなかった。 |