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お題SSS(三之助夢)
2011/11/04 (金)
恋仲後。たぶんほのぼの。シリアスかもしれない。

 


 食事も風呂も予習復習も終わらせて、さあこれから布団に入っていざ寝よう、と思ったときだ。

「ちょっと澪、あんたの飼い犬が私の部屋に迷い込んでるんだけど、引き取りに来てくれない?」

 唐突に戸が開いたと思うと、うんざりした顔の同級生がそう言った。

「はい? 飼い犬?」
「迷子札なしでうろうろされると困るんだけど、どうにかしてよあれ」
「迷子札……って、もしかしてそれって」
「あ、この部屋に移動したんすか。澪先輩、あんた部屋替えしたならちゃんと言ってくださいよ。余計な恥かきましたよ」
「って、やっぱりあんたかー!」

 とりあえずすぐ手に届くところにあった枕を投げつけて、同級生に「ごめん」と頭を下げる。同級生はやれやれという顔で手を振って自分の部屋に帰って行く。

「出会い頭に枕投げとか、夜なのに元気っすね」
「あんたさー、三回に一回は部屋間違えるのいい加減にしてくんないかな」
「間違えてないですけど?」
「はいはい、もういいから早く入ってきなさいよ。そこだと見回りの先生に見つかるでしょ」

 枕を私に投げ返し、三之助が部屋に入ってくる。もはや自分の部屋のように堂々とした態度だ。部屋を間違えるなんて致命的なことをしているのに無傷なのは、同級生が気を使ってくれたからだろう。後でもう一度謝っておこう。

「あれ、もう寝るんですか」
「夜だから寝るわよそりゃ。あんたには構えないから茶でも飲んだら帰ってちょうだい」
「分かりました、じゃあ俺も一緒に寝るってことで」
「くんなくんなくんな!」
「はいはい、もう夜ですから大人しくしてください。近所迷惑ですよ」
「他人の部屋に迷い込んでるあんたが一番迷惑でしょうが!」

 私の抗議を無視して、三之助はさっさと布団に潜り込んでくる。逃げだそうとするのを捕まえられて布団に引きずり込まれて、後ろからがっしり拘束された。

「俺から逃げようなんていい度胸っすね……地の果てまでも追い掛けますよ」
「かっこつけてるつもりだろうけど、あんた絶対目的地にたどり着けないからね。行きたいとこがあるならまず作兵衛に一言言いなさいよ」
「なんでみんな同じこと言うんですかねー」

 不思議そうに言いながら、三之助は私を拘束する手を緩めて普通に抱き寄せる。私が本気で逃げようとしていないのを悟ったからだろう。

「別にいてもいいけど、眠る以上のことしないわよ。あんた明日試験実習でしょ」
「よく知ってますね。……あー、作兵衛ですか。あんた作兵衛とどんだけつるんでるんですか、妬かせたいんすか」
「あほなこと言わないでよ、委員会休むって報せを聞いただけよ。朝早いのだって知ってるからね。手出そうとしたらタマ潰すわよ」

 男子が夜に忍んでくるということは、まあまず間違いなくそういうことだ。三之助は強引なところもあるけれど、とりあえず釘さえ刺しておけば実行しない。まあ、ぶちぶち文句は言うだろうけど。
 と思っていたんだけど、三之助は珍しく素直に「分かりました」と小さく言った。

「別にあんた抱きにきたわけじゃないですから。すみませんけど、明日俺より先に目が覚めたら起こしてもらえますか?」
「いいけど……あんた今日は聞き分けいいわね」
「どーも。おやすみなさい」
「……おやすみ」

 なんだか拍子抜けしたけれど、そう言うならこっちとしても楽でいい。身体を起こそうとすると、先に三之助がごそごそと動く。直後にふっと部屋が暗くなり、三之助の腕が私を抱き直す。私がやろうとしていたことを察して、点けていた灯りを消したんだろう。
 こうして寝ることは初めてではないから、今更緊張することもない。
 苦しくないお互いの体温がよく分かる抱擁は、正直心地良い。三之助はなんにも言わず、ゆっくり私の頭を撫でていた。私のほうがうつらうつらとしはじめたとき、ぽつりと、三之助が呟いた。

「あんた、今死んだら幸せですか」
「ん……? なに言ってんの。私のこと殺したいの?」
「いえ。……今死んでも、幸せですか」
「やだよそんなの……。まだやりたいこと、あるし」

 頭がぼんやりとしていたので、大した受け答えは出来なかったと思う。三之助の問いもそのときの私には寝言かなにかとしか思えなかったから、深く考えようとはしなかった。

「そうですか」
「来月、友達と遊びに行く、し……あと食堂のごはん……」

 眠気が一気に襲ってきた。三之助の手が、背中をそっと撫でる。幼子にするような仕草に安心して、その腕に身を委ねた。そっと囁かれた言葉の意味は、眠りに落ちた私には理解出来なかった。
 そのときは、まだ。

「忘れないでくださいね。俺、今死んでも幸せですよ」






















 まだ本闇にもなっていない、夜の帳の中。ゆっくりと目を開くと、目の前に三之助の寝顔があった。その腕は、寝入る前と変わらず私を抱き締めている。
 そっと私から腕を伸ばして、三之助に身を寄せる。寝入る前に言われた言葉が、今になって形作られる。
 三之助がここに来た意味が、分かったような気がした。

 作兵衛が言っていた。明日は大事な実習だと。実戦さながらだから、怪我しないように気をつけてきます、と。

 この男にも、怖いという感情があるのだろうか。
 私よりも身体が大きくて、口が悪くて態度もでかいけれど。死を不安に思うのは、私もこの男も変わらないのだろう。

 死にたくないのは当然だ。けれど今まで幸せだったかそうじゃないかと問われたら、幸せだったと言える。
 けれどそれとこれとはまた別の話だ。

「これから幸せじゃなくてもいい。生きて帰ってきなさいよ」
「……はい」

 三之助の額にそっと口付けを落とすと、その腕が私の背に回される。寝入ったふりをしていた男は、まるで縋るように私を強く抱き締めた。

 夜が明けるまでは、まだ遠い。少しくらいは寝かせなければと、三之助を抱き返した。



お題:『死して尚笑っていて。』(三之助夢)(40)
お題提供:『Abandon』

お題SSS(雷蔵夢)
2011/11/04 (金)
若干流血シリアス。たぶん夢じゃない。雰囲気だけのポエムに近いです。

 


 小さな気配に気づいて縁側の下を覗くと、薄暗い中にふわふわした固まりが丸まっていた。
「……なんだろ」
 時折ぷるぷると震えるそれを見続けていると、次第に目が慣れて輪郭がはっきりしてきた。生まれてまだ間もないだろう、小さな小さな子猫だった。
 母猫は、と探してみたけれど、その気配も鳴き声も近くにはなかった。はぐれてしまったのだろうか。けれどここは学園の中だし、どうやって探してやればいいだろうか。
 生物委員に聞かなければと思いながら、私はそっとその子猫に手を伸ばした。おいで、と呼びかけると、子猫はぴくりと震えたまま動かない。
 生まれたばかりの猫だって、立派な動物だ。警戒して当然だろう。
 私は犬猫を飼ったことがないから、どんな風に扱って良いのか分からない。無理矢理掴み出すのは可哀想だけど、生物委員を呼びに行っている間に逃げてしまうかもしれない。
 どうしようかなと困っていると、みゃあ、と小さな小さな声がした。差し伸べたままの手の上に、そっと柔らかな感触。
 引っかかれるくらいは覚悟していたのに、子猫はゆっくりと私の手に乗った。小さな命の重みが、私の手に柔らかく沈む。
 風に晒され続けていたのか、子猫は少し冷たかった。他人の体温が恋しかったのかもしれない。
 子猫を揺らさぬように持ち上げて、両手で包み込んだ。
 子猫は痩せていない。目もちゃんと開いているし、毛並みも悪くない。きっと近くに見ているひとか、母猫がいるのだろう。そのどちらかが姿を現すまでと決めて、私は手の中の子猫を膝の上に乗せる。
 子猫は逃げようとせず、ただ私の膝の上、日の下でくるりと丸くなる。

 柔らかで少し冷たい、子猫の体温。自分の温もりを与えるように撫で続けながら、私は目を閉じる。
 閉じた瞼の裏に浮かぶのは、昨日別れたあのひとのこと。いつもこの子猫のように、私に優しく接してくれるひと。


 ──雷蔵は、無事だろうか。










「俺は右に行く。お前は左だ!」
「分かった!」
 三郎からの指示に即答して、そのまま左側に逃げた敵の後を追う。こっちも大概消耗が激しいけれど、敵ほどではない。さっき大分血を流していたから、もう走るのだけでも精一杯のはずだ。

 苦無を握り締め、山の中を駆けた。ざわざわと木々がざわめいている。どこかで火の手が上がったのか、木が燃える臭いが鼻についた。
 みんなは無事なのか、自分は生きて帰れるのか、戦いの空気と血の臭いに染められた頭が、まともな思考を奪っていく。

 斬りつける度に、同じ分だけ自分も壊れていく気がする。
 ただ生への執着それだけで、この身体が動いている気がする。
 それはきっと間違いではないだろう。僕は今、本能だけで動いている。生きるために、殺すことで。

「……生きているから、意味がある。あなたの気持ちは分かる。分かるけれど、だからこそ、」

 この道を選んだのは僕だ。このまま同じ道を選び続ける限り、逃げることは出来ない。

 だからこそ、敵は殺さなくてはならない。


 ──手の中に残る、死の感触。どろりと流れる、生温かな血潮。息の根を止めたときに血しぶきが飛んだのか、僕の瞼を伝って目の中に入るそれが、軋むような痛みを訴え、視界を赤く染めていく。

「…………は、……っ」
 
 喉元が詰まりそうな息苦しさに、深く深く呼吸をする。
 死を目前にしたとき、一時的に感情が昂ぶるいつものあれだ。落ち着け。もう敵は倒した。もう倒した。死んでる。帰れる。帰れるから!!!

 は……………。

 本当は殺したくなんてない。
 僕だって、死にたくなんてないのだから。争いが起こらず、誰が幸せで居られる世界であれば、傷つけられることも傷つけることもなかっただろう。

 けれどそんな世界はなくて、手を血で染めなければいけないときもある。
 人を殺すための道具になるのだと決めたのは、他ならぬ僕なのだから。


「澪…………」

 精神的に不安定になったとき、ひとは素直になる。
 死を感じたときに口走るのは、親友の名前だったり家族の名前だったり、たった一人恋し続けている女の子の名前だった。
 一目惚れに近かったのだと思う。気づけば彼女は僕の全部になっていて、すごく嬉しいことに、僕の隣にいたいと言ってくれている。
 ……でも、今は隣にいない。

「澪……、澪っ……」

 涙が零れた。寂しいのでも悲しいのでもない、ただ自分を正気に戻すための生理的な涙。

 澪。
 澪。
 澪…………。



 温かな、陽の光に似た柔らかな微笑み。
 そのひとが生きてくれるだけで幸せなのだと、僕は恋をして初めて知った。

 流れ続ける涙を拭わずに、ただ生温かな血と交じり合った赤い涙が地面に落ちていくのを、滲む視界で見続けていた。
 必死で、自分が思う一番綺麗なものだけで、頭をいっぱいにしようとした。

 澪。
 澪……。

 君は今、なにをしているんだろう。





「雷蔵、仕留めたか。……無事か?」

 後ろからかけられた聞き慣れた声に、僕は一度喘ぎを漏らして、涙に濡れた口元を拭う。未だ赤い涙が頬に伝い落ちているのを理解しながら、微笑んで振り返る。

「大丈夫。生きてる。……君も」
「ああ。俺も、お前も生きてる」

 僕と同じ顔で笑う三郎は、力のない左腕を右手で支えている。ぽたぽたと、地面に落ちていく血の雫。僕の左足もあまり感覚がないことに、そのときやっと気がついた。
 でも、生きてる。僕も三郎も。

「帰ろう」
「……ああ」

 お互いを支えるように手を貸し合って、歩き出す。
 辺りの喧噪はだいぶおさまり、死の臭いだけが充満している。
 身体に染みついたまだ温かな血の感触を、早く落としてしまいたかった。

 だから帰ろう。
 帰ろう、早く。
 早く。

 僕がまともでいられる場所に。














「雷蔵……」

 呟いたとき、膝上の猫がにゃあ、と鳴き声を上げて私の膝から飛び降りた。そのまま軽い動きで走り去ってしまう。慌てて視線で追い掛けると、木立の中に大きな猫の輪郭が見えた。

「……さよなら」

 ひとつ鳴き声を残して、二匹の猫は連れ添うように消えて行く。
 それを見送りながら、私は願う。



 お日様が明るくて、温かい。今日はとても優しい日だ。

 だから、雷蔵が今日も笑っていられますように。

 他人のためだけじゃなくて、自分のために、笑っていられますように。


 そして、



『ただいま、澪』



 あなたが呼んでくれる声に、私がこれからも振り向けますように。




お題:『裂けば熱く、触れれば冷たい。』(雷蔵夢)(35)
お題提供:『Abandon』
本当に雰囲気だけ。 

お題SSS(たぶん三木ヱ門夢)
2011/11/03 (木)
恋仲後。ヒロイン不在。特に意味がない惚気話。
文次郎が出張ってます。

 


 学園に長く在籍していれば、保健委員でなくとも怪我の手当てには慣れてくる。応急処置くらいならば、尚更日常茶飯事だ。自分の怪我でも、他人の怪我でも。
 今回の場合は後者だった。委員長の武骨な手に包帯を巻き終えて、委員室備品の応急箱に消毒薬を戻していると、目前から苦々しい声が落ちた。

「お前、よくあの荒っぽい女に耐えられるな」
「えっと、澪先輩のことですか?」
「他に誰がいる。本気でやりやがって、あのくそアマ」

 苦無でざっくりと切れた手の甲の傷(ついさきほど私が巻いた包帯のその下にある)を睨み付けて、潮江先輩が苛々と吐き捨てる。
 いつものことと言えば本当にいつものことで、委員会中に潮江先輩と澪先輩が取っ組み合いの喧嘩を始めて、安藤先生が止めに来て、委員会が解散になり、今に至る。澪先輩には特に怪我がなかったので、これ以上喧嘩をしないようにと先に長屋に帰らされたから、この場にはいない。

「珍しいですね、潮江先輩が澪先輩との喧嘩で傷を負うなんて」
「うるさい」

 応急箱を棚に戻しながら口にした私に、それはもう不機嫌の固まりの声が返ってきた。たぶんそれもあって潮江先輩は苛々してるんだろう。
 潮江先輩と澪先輩はしょっちゅう喧嘩をしているけれど、お互い一応は理性があるのか、本気でやりあうことは滅多にない。今回のように怪我をするなんて稀なことだ。傍から見ていれば凄まじい攻防だし乱定剣の見本市なので、周りへの被害は甚大だけれど。

「お前、ほんとにあの暴走猪と一緒でいいのか。苦労するぞ、これから」
「告白したのは私からですし。……ていうか暴走猪とかいうのやめてくださいよ」
「通じてんだからいいじゃねぇか。お前、女の趣味格別に悪いな。目曇ってんじゃないのか?」

 むっ。大抵のことなら目上の言葉を受け入れる私も、これはさすがにかちんと来た。

「私が好きなんですからいいんです! 大体澪先輩は暴走猪なんかじゃないですし、手を出すのは潮江先輩くらいですし、普段優しいし明るいし可愛いし女らしいです! 潮江先輩が知らないだけです!」
「……よく調教されてんなー、お前」

 感心したようにしみじみと言われて、さらにむっとした。
 確かに澪先輩は荒事が好きで喧嘩っぱやいひとだけど、そこまで言われて黙っている筋合いはない。

「そういえばお前、一年からあの炸裂宝禄火矢との付き合いだよな。もはやあれか、源氏物語で言う逆紫の上か? いつの間にかあいつの好みの男に仕立て上げられてんじゃねえのか?」
「やめてくださいよ。それを言うなら、潮江先輩のほうが澪先輩とは一年長い付き合いじゃないですか! いつの間にか澪先輩の理想の父親像とかに仕立て上げられてるんじゃないですか?」
「ふざけんな、誰があの埋火女の理想の……って父親像ってどういう意味だこら、それ俺のことか」
「大体、私と澪先輩のことなんですから、余計な口出ししないでください! 潮江先輩にとってはどうあれ、私にとってはすごく可愛いしですし澪先輩も『三木大好き』って言ってくださいますし、つまり好き……す、好きなんで、す……」

 今まで勢いで言っていたけど、なんだか突然に恥ずかしくなった。
 尻つぼみになった言葉に、潮江先輩が呆れたように言う。

「……照れるくらいなら惚気るなよ」
「った、……す、すみません」

 軽くはたかれた頭を下げた途端、やれやれと潮江先輩が立ち上がる。つられて立ち上がろうとすると、また頭を軽く叩いて座らせられた。

「潮江先輩?」
「俺はもう部屋に戻る。これ以上あの万年百雷筒との惚気を聞きたくねぇからな、お前は俺と時間ずらして委員室から出てこい」
「な! また百雷筒とか! そんなんじゃないって言ってるじゃないですか!」
「あーあー、聞こえねー。ったく、委員会で後輩同士がくっつくと面倒でしかねぇよなー」
「わざとらしく大声で言わないでくださいよ! いい加減怒りますよ!」
「もう怒ってるじゃねーか。忍者の三禁をなんだと思ってるんだお前らは、反省しろ反省」
「忍務に影響がなければ、恋愛も婚姻も自由です! 先生方だって既婚の方多いじゃないですか!」
「実戦職と教職とは違うだろうが。ていうかお前、あんな米俵に米じゃなくて鉄粉詰めたような奴と婚姻なんぞしたら、尻に敷かれるどころか足蹴にされるぞ」
「だから、そういうこと言わないでください! 潮江先輩こそ、怖いくの一と結婚して尻に敷かれればいいんです! そのとき愚痴りたくなっても聞いてあげませんからね!」
「おーおー、よく言った。離縁したいのに三行半受け取ってくれないって泣きついてきても、俺は助けんぞ」
「こっちの台詞です! 潮江先輩なんて、奥さんと喧嘩して簀巻きにされて海に放り込まれればいいんです! 見てても絶対助けませんからね!」

 ぎゃーぎゃー騒ぎながら言い合っていると、ふいにぴたりと喧噪が止む。複雑そうな顔をした潮江先輩が、私に向かってぽつりと言った。

「お前、なんかあいつに似てきたな」
「…………そ、そうでしょうか」

 確かにそうかもしれないと思ったけど、次の瞬間『長く一緒にいると似てくる』という言葉を思い出して顔が熱くなる。
 直後、「ばかたれ頬染めんな気持ち悪ぃ」とかなり本気の平手が飛んできた。




お題:『理想の乙女よりも理想の少年を。 』(三木ヱ門夢)(?)
お題提供:『Abandon』
ぐだぐだ。書いてる途中で寝落ちしてしまったので正確に何分かかったか分からなくなりました。たぶん30〜50分くらい……。

お題SSS(小松田夢)
2011/11/01 (火)
くのたまヒロイン・ほのぼの

 


 渡り廊下を歩いていたら、その真ん中で小松田さんがうつ伏せに倒れていた。
 廊下に異常はなかったから、なにもないところでつまづいて転んでしまったのだろう。倒れた小松田さんの周りには、抱えていたらしい大量の本がばらばらと辺りに散らばっている。
 そして、倒れた小松田さんは動かない。

「……小松田さん?」

 駆け寄ってその肩を揺すると、「ううーん……」と小さな呻き声と共に、小松田さんがひょいっと顔を上げた。そして視界に私を見つけて、にっこり笑う。

「あ、澪ちゃん。今日はぽかぽかいい天気だねえ」
「ええ。晴れ、ところにより本注意、ですね」

 勢い良く舞ったのだろう、小松田さんの手足や背中の上にまで乗っている本を取り上げながら、私は苦笑する。手を差し出すと、小松田さんは「ありがとう」と私の手を掴んで、起き上がった。

「いやー、ごめんね。気づいたらこけちゃってたんだー。廊下もお日様で温かかったから、ちょっと眠りそうになっちゃったよ」
「あのままですか」
「廊下で寝るのって気持ちいいよねー」

 悪気のない顔で微笑みながら、小松田さんはよいしょよいしょと辺りの本を集め始める。集めた端からまたぽろぽろと零れて行くので見ていられなくて、私も一緒に手伝った。

「ごめんね、いつも手伝ってもらって」
「いえ、そんな大したことは……あれ」
「ん? どうしたの?」

 抱えていた本を一度廊下に下ろし、私はすぐ傍にある小松田さんの顔をじっと見上げる。きょとんとする小松田さんのこめかみに、指でそっと触れる。

「わっ! なになに!? ……あれ、ちょっと痛いような……」
「少し切れてますね。転んだときじゃないでしょうか」

 小松田さんのこめかみに爪先ほどの傷があって、血が滲んでいる。小さな傷だけど、血くらいは拭っておかないと。

「あーここかなー? あ、ほんとだ血が出てる。……け、結構酷い傷だったりする?」

 指先についた血を見ておずおずと訊ねる小松田さんに、苦笑して首を横に振る。

「そんな大したことないですよ。あ、これ使いますか?」

 持ち歩いていた手鏡を渡すと、小松田さんは私に背を向け、おそるおそる怖いものを見るように慎重に自分の顔を覗く。そして本当に小さな傷だということが分かったのか、ほっと表情を緩めた。

「なんだー、血が出てたから頭割れちゃったのかと思ってびっくりしちゃった」
「小松田さんって、怪我しても全然気づかなさそうに見えますけど」
「うん。でも気づいたら痛くなっちゃうんだけどねー。あとで消毒薬だけ塗っておこうっと」

 うんうん、と鏡の自分に向かって頷く小松田さんの顔を、私もその肩越しに後ろから覗く。もう用は済んだはずなのに、小松田さんはまだじーっと鏡を見ている。鏡の中の小松田さんと目が合うと、ぱっと微笑んで手を振られる。子どもみたいだ。

「えへへ、鏡って楽しいよねー。後ろにいる澪ちゃんが目の前にもいるみたいー」
「私が二人もいても仕方ないですよ」
「そうかなー。僕が二人いたら吉野先生が大変だけど、澪ちゃんが二人いいたら僕は嬉しいよ?」
「食費も二倍で不経済ですよ」
「だって澪ちゃんが二人いたら、可能性が上がるかもしれないもんねっ、二倍だもんね!」
「二倍?」

 うんうんっとなにか気合を込めてまた鏡に向かって頷く小松田さんに、私は小首を傾げる。鏡越しにそれに気づいたのか、小松田さんはハッと私を振り向いた。慌てた様子で私に鏡を返しながら、

「い、いまの言葉聞かなかったことにしてね!? いいいいいい意味とかぜんぜん、ちっとも、まったくなくてその、だから、ね!? 忘れてね!?」
「……? はい、分かりました」

 鏡を受け取って仕舞いながら、なんだか見たことがないほどあたふたあたふたしている小松田さんに頷いて見せる。小松田さんは今までのんびりしていたのが嘘なように、廊下においてある本を抱え上げ、わたわたと走り出す。

「じゃ、じゃあね澪ちゃん、僕急ぐから!」
「あ、小松田さん、あの……」
「ごめんね、急いでるから! あー忙しい忙しい!」

 わざとらしく主張して駆けだした小松田さんは、案の定と言うべきか、

「うわーーーっ!」

 なにもないところで盛大に転んで、拾い集めたばかりの本をまたぶちまけた。




お題:『かがみのなかみ。 』(小松田夢)(25)
お題提供:『Abandon』
二倍になるのは告白が成功する確率。

お題SSS(利吉夢)
2011/10/31 (月)
結婚後。年上ヒロイン。甘いつもり。

 


 近付いてくる複数の気配は、明らかに一般人のものではなかった。音と気配が明確なので忍びではないが、それでもその足取りは機械的で少しも乱れることがない。訓練された兵であることは間違いないだろう。

「ねぇ」
「はい、なんですか?」

 隣にいる年下の夫は、落ち着いた様子で忍具の検分をしている。そのすました顔を、睨み付けた。

「なんだか一昨日もこんなことがあった気がするんだけど、気のせいかしら」
「気のせいですよ。夢でも見たんじゃないですか?」
「えー、そうかなー。状況がまったく同じだから、勘違いじゃないと思うんだけど」
「いえ、勘違いですよ。今日は七人ですが、一昨日は五人でしたからね」
「このやろう」

 つい口から飛び出た悪態を気にもせず、夫は私に「はい、どうぞ」とにこやかになにかを手渡した。おにぎりほどの大きさのそれは、けれどおにぎりよりもずっしりと重い。

「澪さんの分の宝禄火矢です。爆発と同時に閃光も放ちますから、まともに見ないように気をつけてくださいね」
「わあ配給ありがとー。ねえ、ついでに三行半もくれない?」
「こっちの手裏剣には痺れ薬が塗ってありますので、持つときはこちら側からお願いします」
「三行半と一緒にならもらってあげる」
「おや、私に守られるのがお望みですか。そういうのもたまにはいいかもしれませんね。姫、私の傍から離れないようにしてくださいね」
「うわあああああ! 誰があんたなんかに守られるかー!」
「そういう我侭なところも子どもっぽくて可愛いですよ」
「やくびょーがみ! おんなのてき! イケメンしね!!」
「はいはい、終わったらお団子食べましょうね」

 ぽんぽんと頭を撫でる手を振り払って、私はしぶしぶと受け取った手裏剣を構える。こちらに向かってくる足音と気配が辿り着くまで、おそらくあと数呼吸もないだろう。このまま騒ぎ続けてもいられない。
 日常茶飯事と言っていいだろうこの事態は、夫の仕事が原因だ。フリーの忍者として働いている夫は、息をするように敵を作ってくる。しかもそこそこ顔が知られているせいで、関所を越える度にこれだ。
 面倒なことが嫌いな私には、正直辟易する毎日だ。

「……あー、まさか結婚したらこんなことになるとは思わなかった……」
「と、仰ると思ったので言いませんでした」
「これだから顔のいい男は油断ならない……終わったら離縁してください」
「泣いて駄々捏ねて縋りますよ」
「それ見たいような全然見たくないような」
「澪さん」

 ざわ、と周囲の枝葉が揺れる。背中合わせに立つ私の手に、夫のそれが軽く触れた。開いた手のひらが重なり、ほんの一瞬指同士が絡み、手を繋ぐよりも拙い愛撫が離れていく。
 私と結婚してくださいと、真摯に言われて承諾してしまったあのとき、繋いだ手から流れ込んできた温度と同じもの。それからずっと、私の手は夫の温度に染まってる。
 一つ息を吐き、ぼやく。

「あー騙されたなぁ……イケメン顔とイケメン声に騙されたのよね……」
「一生騙されていてくださればいいと思ってますよ」
「一生言ってなさいよ、ばか」

 もう元の温度には戻れないだろう。
 私から夫の手に叩きつけるように触れ返して、そして同時に地面を蹴った。




お題:『開いて、閉じて、また開けて。 』(利吉夢)(20)
お題提供:『Abandon』
お題からズレズレた……。
どこがだと言われそうですがらぶらぶいちゃいちゃのつもりで書きました。

お題SSS(文次郎夢?)
2011/09/28 (水)
小説じゃなくてポエム。



 小さな怪我が増えたことに気づいたのは、一月程前だった。
 昼間はもちろん、夜間も毎晩のように鍛錬に向かうひとだから、その傷をどこで作っているかは容易に想像が出来た。全てその鍛錬の結果なのだろう。
 ここにいる以上、怪我とは無縁ではいられない。文次郎も、もちろん私も。それを決めたのはお互い自分なのだから、文句を言う筋合いはない。その怪我が私のものでも、文次郎のものでもだ。
 最近文次郎は苛々していることが多くなった。自分で思っているよりも、忍術に伸び悩んでいるんだろうとはなんとなく察していた。怪我が増えたのは、それが理由だ。
 理由も分かっている。文句を言ってはいけないことも分かっている。私がそのことについてなんて言おうとも、きっと文次郎は嬉しくない。

 それでも心配くらいはしてもいいだろうかと、私の隣で眠る彼の顔をじっと見つめる。
 一緒に寝たあと、文次郎は少しだけ私を抱いたまま眠る。それから、また鍛錬に向かってしまう。きっと今夜もそうだろう。
 文次郎がそうしたいなら構わない。止めることはしないけれど。
 剥き出しの手足も、頬やこめかみも、肩も腹も、あちこちに傷が走っている。綺麗な肌なんてほとんどない。塞がったばかりの傷も、もう完治したけれど薄く跡が残る傷も、体中にたくさん。

 好きなひとが傷つくのは嫌だよと、口にすることはたぶん出来ない。
 私は教師ではないから、文次郎の悩みを解決してあげることも出来ない。
 医者じゃないから、早く治してあげることも出来ない。

 仕方のないことだけれど。ただ心配することだけが、私に残されていることだ。

 私が心配したところで、文次郎は嬉しくないだろう。それどころか、口にしたら矜恃が傷ついてしまうかもしれない。だから決して言わないけれど。
 望まれているという感情は、人を強くする。房術の先生からそう教わった。愛されることが心地よいのは、そのためだ。
 私が文次郎を望むことで、文次郎の力になるのならば。ずっとずっとそうしている。祈ることでなにか変わるならば、いくらでも祈る。

 手を伸ばして、文次郎の頬に触れる。目覚めない文次郎の額に、そっと自分のそれを押しつけた。
 もうすぐ文次郎は起きてしまうだろう。そして鍛錬に向かい、また傷をつくって戻ってくる。
 せめてその積み重ねが、文次郎にとって良い方向に向かいますように。出来れば傷が酷く痛まないように。早く治りますように。
 あなたがあなたらしく、生きられますように。

 ずっと、そう祈っている。
 あなたが眠っているときも、目覚めたときも。




お題:『傷が増える理由を聞けずに』(文次郎夢?)(10)
お題提供:『Abandon』
文次郎である必然性がない敗因。時間がないとどうしてもポエムになってしまう。

ぶつ切り三之助夢微裏風。
2011/09/18 (日)
 いきなり始まりいきなり終わります。微裏な雰囲気。寸止め。
 内容は皆無です。

 


「いやいやいやいや、ちょっと待とうよ。ここをどこだと思ってんの」
「用具倉庫ですよ。それとも体育倉庫のがいいですか?」
「それより前に、なんで倉庫なのか考えようよ。ちょっと、こらーっ」

 私を用具倉庫の壁際まで追い詰めて、三之助が覆い被さってくる。もう月が沈んで、辺りは真っ暗。倉庫の中の小さな灯り以外は外のかがり火が格子窓から少しだけ入ってくるくらいで、かなり薄暗い。
 ここに二人でいる理由はたぶん偶然で、私がお風呂の後にふと用具委員の仕事を思い出して倉庫に向かったら、なぜか三之助が迷い込んできたのだ。曰く、数馬に本を返しに行こうとしたら、なぜかここに着いた、とかなんとか。なんで同じ長屋内で迷えるのよ。
 それでも最初はどうせ暇なんでとか言って私の仕事を手伝ってくれてたんだけど、なんだかだんだんくっついてきて、邪魔しないのと怒った矢先にこうなった。完全に寝る体勢だ。

「こ、こら……」

 三之助の腕が背中に回って抱き締められ、首筋に軽く唇が落ちる。身をよじって逃げようとしても、身体ごと抑えつけられているからそれも成せない。やばい。
 べろり、と鎖骨あたりに舌を這わせられてびくりと震えた。身を竦めた途端に、その隙をついて唇が重なる。荒い呼吸のまま貪られて、頭がくらりとする。
 まずい。このままだと本気で流される。
 三之助と一応恋仲ということになってから、十日ほどが過ぎた。ずっと一緒にいたわけじゃないけど、三之助は二人きりになるとこれ幸いとくっついてくる。口吸いや軽い触れ合いではない、本格的に抱こうとしてくる。大抵殴れば大人しくなるけれど、それも回数を増す毎になんだかせっぱ詰まったようになってきた。なんというかこう……下品な言葉で言えば飢えているという感じだ。本気で嫌だと言えば引いてくれるから意志は尊重してくれているんだろうけれど、なんだかだんだん私が我慢させているみたいで申し訳ない気分になってくる。でも、だ。

「……んっ……や、さんのすけ……」
「舌、出してください。絡めにくいから」
「や、……ちょ……こんなとこで……」
「俺は構わないですよ、どこでも」
「い、いいわけあるかーーーーー!」

 ばしん、と結局殴ってしまった。三之助は「痛っ」と声を上げてようやくに私から身を引く。やれやれという顔で。

「分かりました、じゃあ体育倉庫で」
「あ、あほなこと言ってんじゃないわよ、だからなんで倉庫なのよ!」
「いや、別に俺は外でもいいですけど」
「だからよくないってば! この野生児が!」

 三之助が少し身を引いたとはいえ、私はまだ壁際に追い詰められているし、手首も三之助に捕らえられたままだ。悔しいけれど、実技がさほど苦手でない私でも、体育委員五年の三之助を力任せにどーにかすることは到底出来ない。
 だから話し合うしかないんだけど。

「俺に抱かれるのがそんなに嫌ですか」

 ぽつりと、三之助が私の顔を覗き込む。かあっと顔が赤くなり、次いで俯いてしまう。

「そ、うじゃなくて……だからこんな場所は、あの……」
「俺、二年くらい前に精通来たんすけど、それからずっとあんたオカズにして抜いてました」
「な、なんの告白よ……! やめてよ!」
「ずっと触りたくてたまらなかったんです。春画とかもあんたに似た奴しか使わなかったし」
「や、やめてって……」
「先輩、答えてください。俺に抱かれるのが嫌ですか?」
「だ、だから嫌なんじゃなくて、こんなとこでは嫌なの……って何回も言ってんでしょうが……!」
「じゃあ、こんなとこじゃなきゃいいんすね」
「あ……えと」

 即答出来ない私に、三之助がちょっと眉をひそめる。怒ってるとか苛立ってる感じではないんだけど、不可解そうに。
 確かに私は三之助と寝ることに異論はない。そういう仲になったのだ、男の生理だって程々に理解しているし、別に寝ることそれ自体を嫌だとは思わない。
 でも本当のことを言うと、少し怖いと思う部分もある。三之助はいつも余裕そうで、緊張しているように見えないのだ。言ったことはないけれど、私は生娘だ。三之助がどう思ってるか知らないけれど、もしかしたら私のことを百戦錬磨……とまでは行かなくても、そこそこ慣れていると思っているかもしれない。それを考え出すと、なんとなく三之助と寝ることに抵抗がある、というのが事実だ。あと、単純に恥ずかしいということもある。
 だからこんな風に、抱いていいですかと迫って来られるとちょっと怖い。肌を合わせるのが嫌だというわけではなく、生理的な恐怖だ。でもそれを口にしたところで、三之助は驚かないだろうか。生娘は面倒だとか言うし。

「……嫌なんですか」
「あ、いやその、違っ…………わないのかなあ」
「…………」

 うっかり言ってしまうと、がく、と三之助が私を抱き締めたまま肩を落として息を吐く。私はおそるおそる三之助の背中に手を回した。

「……ごめん」
「……いや、謝られるともっと情けなくなるんすけど」

 あーあー、と三之助はため息を吐きながら私を抱き締める。なんだかすんごく悪いことをした気分になって、私はどうしようかと迷う。お預けみたいにしてるつもりはないけれど、三之助くらいの年の男子にはきっと酷なのだろう。恋仲の相手がいるのに抱けない、なんて。自惚れではなく一般論でだ。
 きちんと説明したほうがいいのだろうかと、私は三之助の背をぽんぽんと撫でる。

「……離れたほうがいいですか」
「あ、ち、違う。そうじゃない」
「触られたくもないですか? 教えてください」
「そんなことない。そ、そのままでいいから」
「……はい」

 身を引きかけた三之助が、またゆっくり私を抱き締める。いつもの傲慢そうな可愛くない態度もなくなっていて、もしかして本当に落ち込んでいるのだろうかとすごく不安になった。
 どうしよう。

「……三之助、……あのね。聞いてくれる?」
「……はい」

 ゆっくり、三之助が顔を上げる。私は握った拳にぎゅっと力を入れて、上手く説明出来るかと危惧しながら口を開く。

「い、嫌なんじゃないの。ほんとに、嫌じゃない。……でもあの……怖いの」
「なにがすか」
「や……あの、い、一応聞くけど……あんた私のことすごく男に慣れてると思ってないよね?」
「はあ。そうですね。俺昔からあんたのこと無駄に嗅ぎ廻ってましたから。特定の相手がいないことは知ってましたよ」
「……や、あの……私、き、生娘なんだよね」
「………………」

 じーっと。真顔に近い無表情で、三之助が私を見る。なんだか恥ずかしくなって、俯いた。

「だからその……こ、こういうことによく分かんないし。それに……えと、生娘だと面倒とかそういう……」
「いや、大歓迎っすけど」

 くるっと視界が反転したかと思うと、私はいつの間にか床に押し倒されていた。上から覆い被さってくる三之助は、まじめくさった顔で私を覗き込んで来る。

「さ、三之助……」
「俺も反省はしてたんすよ。やりてーばっかり言ってたら、それだけが目当てかよって感じじゃないですか。でもそれだけが目当てじゃないですけど、したいのは事実です。あんたが好きだから……って納得してもらえると嬉しいんすけど」

 身体を固くする私に、宥めるように三之助の唇が頬に落ちた。無意識に握り込んでいた拳をゆっくりと指を解いて、三之助の指と絡む。

「嫌われたくないんすよ。だから無理強いもしたくないんすけど、やっぱあんたのこと欲しいです。その……だからもし俺に抱かれるのが嫌なのが、生娘でちょっと怖いとか、そういうことだけだったら、……えーと」

 言葉を探すように三之助は首を傾げ、それからそっと耳に囁いた。

「痛いとか気持ち悪いとか、そういうのがあったら言ってくれて構わないです。俺も別に慣れてるわけじゃねーし、無理強いはしないですから。だからその……出来るとこまででいから、許してくれたら嬉しいです」

 珍しいというか初めてかもしれない三之助の真摯な言葉に、私はどくんと胸を打たれた。なにそれ、なんかかっこいいんだけど。
 三之助はじっと私の返事を待っている。私はちょっと震える手で、三之助の腕を掴む。なんか、すごく恥ずかしいけど。

「……げ、幻滅しないって約束してくれたら」
「ん? なんでですか」
「裸。あんまり綺麗じゃないし」
「いや、ふつーに綺麗だと思いますけど」
「見たことないくせになに言ってんのよ」
「ありますよ。去年ですけど。あんたが一人で風呂入ってるとき」
「はああああああああ!?」

 いきなり頭に血が昇った。食ってかかろうとするのを、にやりと笑う三之助にやすやすと押さえ込まれる。

「ほんとですよ。教室行こうと思ったらなんでか女子寮に着いて、あんたが風呂に向かってたから丁度良いから覗こうかなって」
「う、うそよね!?」
「ほんとっすよ。あんた丁度一人だったし、最初から最後まで全部見れましたよ。いやー眼福でした。あの後どんくらいオカズにしたか覚えてないです」
「ちょっ……!」
「だからそういう危惧してるんだったら大丈夫っすよ。……ほんとです」

 なにか言おうとしたけれど、もう言葉が見つからなかった。どうしようかと思っていると、三之助がふう、と嘆息した。そして、私の額に自分の額を合わせて、視線を合わせる。

「嫌ならやりません。あんた以外の女も欲しくないです。だから嫌なときは言ってください。俺、あんたに嫌われるのが一番怖いんです」

 う。
 なんだかもう、さっきからいい言葉ばかりで頭がガンガンしてきた。どきどきと、胸の鼓動が鳴りやまない。仕方ない。決意して、私はゆっくり三之助を見上げた。

「……いい、よ」
「……いいんすか」
「いいよ。……ごめん。意地悪してるつもりじゃなかったの」
「……分かりました」

 ひょいっといきなり身体を起こされた。なにかと思ってると、三之助が手早く自分の上衣を脱ぐ。まさかいきなり全裸になるつもりかとぎょっとした私を余所に、三之助はその大きな上衣を床に敷いて、私を引き寄せてその上に改めて押し倒した。

「背中痛かったらすみません」
「あ……う、うん……んっ」

 鼻先が触れ合いそうな距離で一瞬見つめ合い、そして唇を重ねた。どきどきどきどき、すごい勢いで鼓動が鳴っている。




寸止め。誤魔化されてますが、倉庫はさすがに駄目だと思う。サイトに置いてある三之助夢を書く前に、三之助練習で書いたものです。中身スカスカですが本編よりもよほど夢っぽい気がします。

ぶつ切り現パロもどき長次夢『涼闇』
2011/09/07 (水)
現パロ練習用。内容あんまりないです。いちゃこらしてるようなしてないような。


 
 インターフォンを押す前から、おそらくその音が聞こえない状態だろうとは予想していた。
 それは当人が寝ているか、もしくは耳に入らないほど集中してパソコンに向かっているか、どちらかしかないはずだからだ。
 案の定今回は前者だったらしく、長次が合鍵を使って入った澪の家は、しんと静まり返っていた。後者でないと判断したのは、澪が起きていれば必ず聞こえるだろう、キーボードを叩く音がないからだ。
 玄関を上がり、まず台所へと向かった。来る前に買ってきた食料品を冷蔵庫に入れる。シンクに置いたままだった幾つかの食器を洗い、拭き上げておく。その量からして、今回はさほど長い修羅場ではなかったらしい。
 台所を片付け終え、居間を抜けて寝室へと向かう。一人暮らしに澪が使っているこのマンションは、そこそこに広く新しい。けれど集中すると一つのことしか出来なくなる家主の性格上、この家は綺麗に片付いているときと、そうでないときが交互にやってくる。
 静かに寝室の扉を開くと、ふわりと風が通り抜けた。澪の寝室でもあり仕事部屋でもあるこの部屋は、日当たりが良い。夏の暑さが落ち着いたこの時期、かなり過ごしやすい場所だ。
 仕事用のパソコンは電源が落とされている。その周りには、長次には単語ほどしか拾えない、異国の言葉が印刷された紙が散らばっている。辞書や赤ペン、参考書類だろう大量のパンフレットが、緩い風にぱらぱらと位置を変える。飛んでしまわぬようにそれらを纏めて整頓し、作業机の上に置いた。
 学生の頃から海外に行くのが好きだった澪は、翻訳の職に就いた。輸出する工業製品の説明書や、外国から日本への旅行パンフレットを現地の言葉に訳すのが主な仕事だ。締め切りに左右されるため、余裕のあるときと仕事が詰まっているときの落差が激しい。
 ひとまず仕事が落ち着いたこの部屋の主は、一人暮らしにはやや大きい、セミダブルベッドの上で小さく丸まっていた。
 仕事終わりにシャワーを浴び、ベッドの上で髪を乾かしていたときにそのまま寝入ってしまったのだろう。スパッツとTシャツだけの部屋着というか寝間着姿で、髪にはバスタオルが巻かれたままだ。寝入ってからさほど時間は経っていないのか、澪の髪は完全に乾いているようには見えない。
 寒い季節でないとはいえ、そのままでは風邪を引いてしまうだろう。長次は足元に丸まっていたタオルケットを広げ、澪の身体を包むようにかけた。
 締め切り明けには、澪は長い間睡眠を取る。今回も例外ではないだろう。室内に吹く風を弱めるために窓を半分閉め、室内を適度な温度にしてから、長次は部屋の扉を開けたまま居間へと戻った。
 澪が修羅場に追われているとき、長次はよほど忙しくなければ必ず家を訪れるようにしていた。澪は仕事が詰まるとまともな食事を摂ろうとしないし、今のように仕事が終わると、必要最低限のことだけを終わらせて泥のように眠ってしまうからだ。
 偶然にも、長次もここ何日か忙しい日々を過ごしていて、今日の昼前にようやくすべてが片付いたところだった。澪ほどではないにしろ、あまり眠ってはいないし、疲労もしている。
 シャワーを借りて出てくると、日は傾いて夕暮れ時になっていた。居間に置いてある壁掛け時計は、午後五時近くを示している。
 澪の部屋へと戻り、起こさぬようにゆっくりと髪を乾かしてやっていると、長次にも眠気が襲ってくる。
 澪に会うのは久しぶりだった。予定が合わず、半月ほど携帯やメールで近況を報告するだけの日々が続いていたからだ。電話で声を聞くのも悪くはないが、やはりこうして直接会うほうが落ち着ける。
 これだけ深く眠っていれば、澪はさほど物音がしてもまず目を覚まさない。澪の髪が乾いたのを確認して、長次もベッドの上に横になり、澪の身体を背中から抱き寄せた。やはり少し冷えている澪の身体と密着させ、その頭を撫でる。
 自分の体温を分け与えるように、澪の身体を包み込む。足も絡めてしまうと、触れ合っていないところのほうが少なくて、ようやくに心から落ち着けた気がした。
 おやすみ、と小さく囁いて。ゆっくりと同じ温度になる体温を感じながら、長次も眠りへと落ちた。



 目を覚ましたとき、日は完全に沈んでいた。控え目ななにか聞き慣れた音と共に、長次の視界に小さな光がちらちらと映る。
 時間が経ち目が慣れてくると、その光が携帯端末のものであることが分かった。寝入ったときと同じ体勢で、長次は澪を抱えたままだが、澪はすでに目を覚ましていた。おそらく長次を起こさないように、画面の光量を落とし、ゆっくりと操作している。メールの返事でもしているのか、テキスト文章が浮かんでは流れていく。一度、二度と瞬きをして、澪を抱く腕に力を込めた。
「ん……?」
 澪が携帯から視線を上げ、長次を振り向く。長次が起きていることに気づいて、澪は「おはよう」と微笑んだ。
「……おはよう」
「あはは、もう朝早くはないけどね」
 澪は手の中の二つ折り携帯をたたみ、枕元の充電器へと差し込んだ。そして身体を反転させて、長次に腕を伸ばす。
「いると思わなかったから驚いちゃった。いつ来たの?」
 澪を抱き直しながら、長次はぽんぽんとその頭を撫でる。
「昨日、夕方には行くと電話しただろう」
「あれ? そういえばそうだっけ。ごめん、忘れてた」
 嬉しそうに微笑んで、澪も長次に身を寄せる。
「澪、今何時だ」
「十時半くらいかな。寝足りないけどなんか食べなきゃお腹がすいて……あ、冷蔵庫の中なんにもないや」
「少しなら買ってきたが」
「ほんと? じゃあ長次なにか作ってくれる? リクエストしてもいい?」
「材料がある範囲内ならな」
「じゃあカロリーが高いもの!」
「…………チーズハンバーグカレーとペンネサラダ」
「やった!」
 澪は長次の頬に一つ口付け、勢いよく起き上がった。肩にかかる髪を手早くまとめ、ベッドから降りる。
「あ、片付けしてくれてありがとう」
「目に付いたものを纏めただけだ。整理していない」
「いいよいいよ、しばらくのんびり出来そうだし」
 うーん、と軽く伸びをして、澪の手が部屋の照明をつける。ぱっと明るくなる部屋の中に、身構え出来ていなかった長次よりも、点けた張本人のほうが眩しさに顔をしかめている。



ぶつ切りすみません。初現パロ+三人称の練習。どっちも撃沈。
現パロって言葉の幅は広がるけど難しい。

お題SSS(喜八郎夢)※閲覧注意
2011/06/12 (日)
男子生徒に苛められたヒロイン。無意味なシリアス。



 ──女なんて、男の玩具なんだよ。絶対に敵わないくせに


 本気で思っているのだろうその見下した言葉に、ぞっとした。


 女なんてすぐ泣くからと、あの男子がよく吐き捨てていたことを思い出す。あいつらだって、下級生の頃はしょっちゅう泣いていたくせに。
 気を抜けば涙が溢れそうになるのを堪えて、必死に平静を装う。部屋に戻ったら、思い切り泣こうと思っていた。同室の友達は、きっと見ないふりをしてくれる。
 だからそれまで我慢してやる。絶対に泣くもんか、耐えてやる。
 鼻奥がツンとするのを必死で堪えて、拳を強く握り締める。くの一は、標的を騙すためにいつでも泣けるように訓練させられる。ならば泣かないことだって出来るはずだ。だから泣かない、絶対に。女をなめるな。
 走っては駄目、急いでは駄目。平静に平静にと努めながら、私は部屋へと足を進める。誰にも悟られてたまるもんか、一人で泣いて一人で浮上してやるから。

「……ねぇ」

 その時、突然に声がかけられた。足を止めてゆっくり振り向くと、後ろに綾部が立っていた。
「なによ。私忙しいんだけど」
 男なんか嫌いだ。みんな同じだ、馬鹿ばっかりだ。綾部だってそうだ。
「……どうしたの」
「なにが」
「……言いたくないの」
「だから、なにが!」
「じゃあ、実力行使」
 がし、と腕を突然に掴まれて、反射的に震えた。身体が固まった私の肩を、綾部は軽く押した。倒れる、と片足を後ろに滑らせようとした時、ずぼ、と地面に沈み込んだ。
「っ!?」
「穴」
 いつもの無表情の綾部が、私を見下ろしている。そのまま、私はなんの抵抗も出来ずに穴の中に勢いよく落ちた。

「……なにすんのよ」
 綾部に落とされるのは初めてじゃない。というかしょっちゅうと言ってもいい。だから私は慣れていた。落ちるまでに軽く受身を取れるくらいに。
「ちょっと後ろに寄って」
 言いながら、綾部もすとんと穴の中に降りてきた。もともとそんな大きくもない穴だ、二人いたらかなり窮屈。自然にすぐ傍に綾部がいることになって、私は後ずさる。そんなのになんの意味もないのに。
「……あんた、なんなのよ」
 私はまだ虚勢を張るので精一杯だった。綾部の行動はきっと私が普段と違うことを知ってるからだ。でもそれが悔しい。すごく。

「泣いていいよ」

 ……は? 綾部の言葉に、言葉が詰まった。なんで、それを。

「……なん、で」
「見てた、全部」

 かっと頭に血が上る。見てた? 全部?

「嘘」
「ほんと」
「じゃあほっといてよ!」
「嫌だ」

 肩を掴まれる。顔を寄せられる。綾部の顔。いつもの無表情……じゃ、ない。

「あんた……怒ってるの」
「怒ってない」
「でも」
「殴ってきた。気を失わせて池に突き落とした」
「……え?」
「大丈夫、その後ちゃんと目覚まして池から上がってたから。随分苦しかっただろうけどね」
 僅かに。綾部は笑う。だけどその目はすごく冷たい。
「……なんで」
「なんで? ……どうしてそんなこと聞くの」
 綾部の気配すら固くて、でもそれは私に向けられたものじゃなかった。
「見てたからって言ったでしょう?」
「……あ、あやべ」
「次にやったら殺してあげる」
 ぞっとするほど残酷に見える、綾部の瞳。たぶん、本気。
「……っ」
 涙が盛り上がる。頬に伝って地面に落ちていく。泣いてしまう。女なのに。女なのに!
「心配しなくていいよ。僕が守ってあげる」
 悪魔みたいな優しい囁き。脳内に染みていく綾部の言葉。
「あんた、だって、男のくせに」
「……僕は、嫌だって言われたらなにもしないよ」
 そんなの分からない。知らない。信じない。でも、
「今だけ信じる」
 手を伸ばす。狭い穴の中、土の匂いがする綾部。しがみつく。綾部はそっと私を抱く。壊れ物を扱うみたいな優しい手で。

 悔しい。どうして私は女なんだろう。どうして男なんているんだろう。みんな同じならいいのに。

「あや、べが、女だったらいいのに」

 女みたいな顔してる。女みたいな気配をしてる。綾部が女だったなら。

「ごめん。それは無理」
「わかっ、てる」

 ごめんなさい。私は小さく喘ぐ。綾部が悪いんじゃない、私が悪い。でも、でも!

「僕が守るから」

 うそ。
 男なんてみんなうそつき。暴力で女を黙らせようとする。だからくの一は、力じゃなくて技で倒すしかない。生まれたときから、男と女は与えられた役割が違う。男は女を従わせられる。私は男に敵わない。

「……僕は」

 綾部の声が。近いのに聞こえない。私は綾部にしがみついて泣いた。ずっとずっと泣いた。

「──僕は、澪の一言で死ねるのに」

 聞こえない。聞こえないフリをしてる。男の声なんて、全部。

「それの、どこが強いの」





お題:『蓋を締め損ねた心の底に。 』(喜八郎夢)(15)
お題提供:『Abandon』

三郎夢『お昼寝賛歌』
2011/05/19 (木)
ほのぼの三郎夢。恋仲設定。ヒロイン設定の主張が少し激しいかもしれません。テンポ悪いです。あとけっこう長いです。




 下級生全員で裏々々山運動会をやる、といつもの学園長先生の思いつきが公表されたのが、昨日。実施日は今日の午後からだ。
 毎度のことながらはた迷惑な思いつきだが、今回に限って幸運だったのは、『準備も全部教師と下級生でやるように!』という条件がついていたことだ。
 普段『突然の思いつき』に振り回されている学級委員長委員会も、下級生のみが忙しそうで、上級生はただそれを見ているだけだ。下級生と先生方には悪いが、巻き込まれていなければ正直すごく楽だ。
 そういうわけで昨日から学園は準備に大忙しで、実施本番の今日も全ての下級生とほとんどの教師は裏々々山に向かっている。
 で。当たり前のことながら、やることもない教師達もいない学園で残された上級生達は、『自習』という自由時間を与えられた。

「確かに俺達は楽っちゃ楽なんだけど、死にそうな顔で準備してた後輩達のこと考えると、いまいち喜べないよなあ」
「こっそり手伝ったらお仕置きじゃ、とか言ってたからな、学園長先生」

 昼飯を食べ終わって、いつもの面子で長屋に戻っていた。前を歩く兵助と八左ヱ門が、遠く見える裏々々山を仰いでやれやれとため息をつく。

「後始末も大変そうだしね……下級生だけで可哀想に」
「それで、お前らこれからどうする? 俺、実技試験近いし自主練するけど」
「僕は部屋で自習かな。今日図書室閉室してるし」
「まあ、俺は適当にぶらぶらするかな」
「兵助は?」
「火薬委員会の仕事が溜まってるから、俺は一人で焔硝倉に篭もってるよ。委員の上級生俺だけだし」
「ん? タカ丸さんどうしたの?」
「『斉藤タカ丸はまだ下級生みたいなもんじゃー』って一緒に連れてかれてた」
「わあ、ご愁傷様だね……」
「んじゃな、また晩飯のときに」
「またなー」

 軽く手を振って、兵助と八左ヱ門が自分の部屋に戻っていく。俺と雷蔵もとりあえず部屋に戻り、持ち歩いていた教科書や筆記具を文机に直した。

「三郎、この間木下先生から参考書お借りしてたよね。僕も借りていい?」
「ああ。そこの行李に入ってるから、好きに見ていいぞ」
「ありがと。……それで、三郎はこれからどうするの?」
「ん」

 雷蔵の問いに、一瞬返事に詰まった。それでバレた。

「ああ、澪ちゃんのところだね」
「…………」
「そんな嫌そうな顔しなくてもいいじゃない。今日お天気いいから、澪ちゃんどこかでお昼寝してるかもしれないね。……ああ、だからだね」
「……違う、ただの散歩だ。すぐ戻る」
「うん、いってらっしゃい」

 にこにこ見送る雷蔵に言い返す言葉が見つからなくて、俺は諦めてそのまま部屋の外に出た。雷蔵はからかっている気もなく素であれだからタチが悪い。からかわれているなら心おきなく怒鳴れるんだが。
 とにかく雷蔵の言うとおり今日はいい天気で、あの昼寝大好き女がいそいそとどこかの木陰で丸くなっているのが目に浮かぶようだ。しかもそれは、本人が一番のお気に入りだと豪語する男子寮の木陰である可能性が高い。
 委員長という意味でも、恋仲という意味でも、そんな阿呆な行為を見過ごすわけには行かない。
 ま、それは半分言い訳で、せっかくの自由時間なのだから恋仲の相手といてなにが悪い、という本音もあるけれど。

「とりあえず、身柄確保だな」

 澪がいそうなところを思い浮かべながら、男子寮の中を探し始めた。




 五年も居れば、男子寮は我が家のようなものだ。澪が外寝に好みそうな木陰も草むらも、思いつくまま挙げられる。けれどそのどこにも、澪の姿はなかった。屋根に上ってざっと全体を見回しても、男子寮に近付いてくる人影はない。
 男子寮には来ていないのか。そう結論づけて少し安堵して、俺は屋根から下り、今度はくの一教室へと走り出した。ここにいなければ自室だろう。

「ん。澪ならここにはいないよ」

 けれど、丁度女子寮の入り口にいた、澪と同室の女子生徒に聞いてみると、すぐに首を横に振られた。

「絶対とは言えないけど、たぶんいないと思うよ。ご飯が終わってから一緒に部屋に戻ったんだけど、お昼寝してくるねってすぐに出て行っちゃったの。だからいつもみたいに男子寮じゃないかな」
「いや。男子寮はもう捜したから、ここに来てみたんだけどな」
「そうなの? うーん、でも女子寮でいつも寝てるとこにはいなかったから、他の場所じゃないかな」

 女子寮に入って確かめるのはさすがに難しいが、この女子生徒が嘘をつく意味もないだろう。女子寮にも男子寮にもいないとなると、捜す範囲がだいぶ広くなる。

「あー、めんどくせぇな……」
「三郎、澪と会う約束でもしてたの? あの子、そんなこと言ってなかったけど」
「いや。またどっかで犬猫みたいに昼寝してないか、見張っておこうと思ってな」
「ああ、そうだね。あの子どこででも寝ちゃうもんね。男子寮で寝るとか、恋仲だったら心配だよね」

 困ったように笑う女子生徒に、俺は咄嗟になにも言えずに押し黙る。雷蔵と同じく、からかいの気配がほとんどない言葉に、逆になんだか気恥ずかしくなる。

「私、今から委員会なんだ。澪見つけたら声かけとくね」
「……ああ、悪い。頼む」

 じゃあねと手を振る女子生徒の後ろ姿を見ながら、俺は小さく嘆息する。さっきも思ったが、女子寮・男子寮どちらでもないとすると、次に捜す範囲はかなり広くなる。あいつが昼寝しに行くと断言した以上、間違いなくそうするつもりなのだろう。まさか裏山にでも行ったんじゃないだろうな。
 考えているうちに、ふつふつと怒りが湧いてくる。雷蔵とさっきの女子生徒が言っていたように、俺は澪のどこでも寝る悪癖を好ましく思っていない。というか真剣にやめさせたいと思っている。澪は俺が注意すれば一応は納得したふりをするのだが、しばらくするとまた同じことを繰り返す。懲りないというより、なぜ俺が外で昼寝するのを止めているのか、その本当の意味が分かっていないからこそ繰り返すのだろう。

「……つか恥ずかしくて言えるか、そんなもん。察しろ」

 まぁ、そんな女に惚れた俺も悪いんだが。
 とにかく、今日こそはぜってー見つけて説教してやると心に決めて、近くの共用場から探し始めた。






「いねぇ」

 探し始めて半刻ほど。全く掴めない足取りに、さすがに少し焦ってきた。
 小松田さんに聞いてみたけれど、澪の外出届は出ていなかった。いくら昼寝に強い情熱をかける澪でも、小松田さんの監視をくぐり抜けてまで学園を抜け出す離れ業は出来ないだろう。となると、学園内に居ることは間違いないのだが。
 普段の澪の行動範囲は、さほど広くない。自室にいないときは、教室にいるか、同級生と遊んでいるか、何カ所かある昼寝場で丸くなってるか、食堂のおばちゃんに菓子をもらってぱくついてるか、図書室で眠りこけているか、その程度だ。
 けれど澪の優先順位が高いだろうところから回ってみても、澪がいた形跡すらない。こうなるとますます苛々してくるもので、俺はどこかでごろごろしているはずの澪をどう説教してやろうかと考えながら、学園内を捜していた。
 やがて辿り着いたのは、医務室だった。大抵の場所は確認し終えた後で、昼寝していないと仮定した場合、澪がいそうな最後の場所だった。
 とはいえ個人的な事情で、俺はここを訪れるのには少し抵抗があった。ここに澪がいるとしたら、いろいろと複雑な邪推を抱くことにしかならない。
 簡単に言うと、医務室によくいる生徒に澪が昔惚れていたから、という理由でだ。
 ともあれ、どちらにしても医務室は『医務室』だ。身体の具合が悪ければ当然訪れているに違いない。少し迷った末、やはり仕方ないかと諦めて、俺は医務室の前まで足を運んだ。
 中には何人もの生徒がいるのか、ざわざわと複数の気配があった。医務室は原則、騒がしくしてはいけない場だ。新野先生は当然下級生達についていっただろうから、諫める相手がいないのか。

「鉢屋です、失礼します」

 声をかけて戸を開けると、つんとした薬草の匂いがする。医務室の中は、外から感じたのと同じでざわざわとしていた。さほど広くない医務室の奥に、六年生の先輩方が集まっている。車座になってわいわいとなにか騒がしく喋り合ったり、茶を飲んだり本を読んだりしている。どう見ても誰も怪我をしていない、健康体だ。この人ら、医務室を休憩所かなんかだと思ってないか。

「ああ、ごめん。なにか用かな」

 その先輩達の輪から一人が立ち上がり、慌てて俺のほうに駆けてくる。六年では比較的まともな善法寺先輩だ。他の先輩方は俺の気配を察しているだろうに、こちらを見もしない。

「いえ、ちょっとお聞きしたいことがあったんですが、……それよりなにやってんですか、こんなとこで」
「あー、ごめんね。この間文次郎と小平太と留三郎が鍛錬中にちょっと派手に暴れてね。先生方が怒っちゃって、今日は大人しくしてろよって言い含めて出て行かれたんだ。それでまぁ、僕が監視役ってことでね」
「…………三日前のあれですか」
「そう、三日前のあれ。悪かったね、学級委員長」

 困ったように笑う善法寺先輩に、俺は顔をしかめる。三日前のあれ。六年生が暴れて学園内の共用場を壊しまくったあれだ。あれでもそれでもなんでもいいが、結局その後始末をしたのは、自業自得の用具委員長と、俺達学級委員長委員会だ。

「うるさくてごめん、外で暴れるよりいいかと思ってね。見逃してくれるかい?」
「まぁ……そういうことでしたら」

 後輩の俺に手まで合わせられると、医務室占領してなにやってんですかそれでも最高学年ですか、とは言いにくい。つくづくこの人も苦労性だ。

「それで鉢屋、どうしたのかな。怪我じゃなさそうだけど」
「人を捜しにきたんです。先輩方以外、誰かいますか」
「ううん、いないよ。誰かな? 委員会の子?」
「……いえ。大したことじゃありませんから」
「捜してるのに、大したことないわけないだろ? もしここに来たら教えてあげるから」

 親切そうな善法寺先輩の顔に、一瞬考えてから、その名前を口にした。

「澪です」
「ああ、あの子か。今日は医務室に来てないし、薬を取りにくる予定もないよ。……いなくなったのかい?」
「いえ、恋仲ですから。逢い引きにでも誘おうかと」
「そっか。今日はいい天気だしね。楽しんできてね」
「はい、楽しんできます。……それじゃ、お邪魔してすみませんでした」
「あ、ちょっと待って鉢屋。ねぇ、みんな!」

 聞くことは聞いたのでさっさと医務室を出ようとしたそのとき、善法寺先輩が部屋の奥に声をかけた。
 瞬間、騒いでいた六年生の先輩方が一斉に振り向き、その視線の先に晒される。さすがにあの五人にいきなり視線を向けられると、反射的に緊張が走る。

「どうした、伊作? あ、鉢屋だ! よー、この間はありがとな!」
「みんな、澪ちゃんどこかで見なかった? 鉢屋が捜してるみたいなんだけど」
「誰だ、澪って」
「澪? くのたまか?」
「私、知ってるぞー! よく男子長屋で昼寝してるやつだろ!」
「ああ……あの子か」
「あの色気の足りんくのたまか」
「あの気合の足りんくのたまか」
「……知っている」

 七松先輩の言葉に次々頷く先輩方に、俺は頬をひきつらせる。ほらな、だから言ってんじゃねーか! 『昼寝してるやつ』で通じるってお前、それでも女か!

「私は見てないなー。文ちゃんは?」
「誰が文ちゃんだ、俺も見てねぇ」
「……朝食のときには見たが」
「どっかで寝てるんじゃないか? あの子、一回寝たらなかなか起きないだろ」
「あいつが迷惑かけてたら、すみません」

 澪は寝起きは悪くないが、一度寝ると大きな物音を立ててもほとんど起きない。寒くても暑くてもうるさくても眠れるのは、あいつの長所であり欠点だ。
 俺の知らないところで粗相をしていたのかと食満先輩の言葉に謝っておくと、その隣の立花先輩が、眉をひそめて口を開いた。

「ちょっと待て。一回寝たら起きない? そんなわけないだろう」
「あ? なんだ仙蔵」
「あの女子はいつも、私が近付くとすぐに起きるぞ。気配を消していても必ず、だ」
「……はい?」

 立花先輩の言葉に、思わず間の抜けた声で聞き返してしまった。近付いただけで起きるのなら、俺が昼寝している澪を毎度起こす苦労などないはずだ。

「遠くから見つけてああ寝ているなと思って、頭でも撫でて起こして可愛がってやろうと近付いたら、確実に起きる。毎回すぐに起き上がって『立花先輩、こんにちは』とか挨拶されるからな、気配を察しているんだろう。いつか熟睡しているところを撫でて起こしてみたいと思ってるんだが」
「……あいつ、俺とか雷蔵が近付いてもぐーすか寝てますけど」
「それなんだ。下級生が近くで騒いでいてもまったく起きる気配がないんだが、私が近付くと起きる。案外あれで、寝たふりをして周囲を観察しているんじゃないかと思ってるんだが」

 んなわけねー。
 立花先輩の言葉に心の中で即行でケチをつける俺を余所に、「そういや、そうだな」と今度は潮江先輩が口を開いた。

「あの昼寝女、俺が喝を入れてやろうとするとすぐ起きやがる。気配も消してるつもりなんだが、近付くとすぐに飛び上がって、『寝てませんよ! 眠るように見せかける特訓なんです!』とかなんとか言い訳しつつ逃げていく。なんつー勘の鋭い女だと思ってたが、確かに仙蔵の言うとおり、本当に寝たふりかもしれんな」
「そうか? 俺が近付いても、あの子ほとんど起きないぞ。目の前通っても隣で修理しててもぐーすか寝てるしな。一度修理する場所で寝てたことがあって、用具委員の下級生が揺さぶってもなかなか起きなかったくらいだ。……ああ、説明したらすぐどっか行ってくれたから、別に迷惑ってわけじゃねえぞ、鉢屋」
「えー、なんだよそれ、私も近付くと逃げられるぞーっ」

 なんでだー、と次は七松先輩が不満そうに口を尖らせる。

「寝てるってことはさ、暇ってことだろ? だからバレーに誘おうかなって思うのに、近付いただけで起きちゃうんだ。それから『あーおやつの時間だから帰らなくちゃ』とか言っていなくなっちゃうんだ。一回くらいバレーしたいのに」
「阿呆か小平太、やめろ。五年女子がお前の相手なんざ出来るわけねえだろ」
「えー、私ちゃんと手加減するぞー」
「お前が手加減の意味知ってるなら、体育委員が毎度あんなにぼろぼろになるかよ」
「留ちゃんだけ起きないなんてずるいぞー。私も一緒にバレーしたい。なあ長次、本読んでないで長次も言ってやってくれよ。私、手加減って言葉知ってるぞ!」
「…………俺が近付いても寝ているな」

 七松先輩の言葉をあっさり流して、それまで読書に没頭していた(ように見えた)中在家先輩が、本から顔も上げずにそう言った。
 なにあいつ、全員の前で寝てんの?

「よく図書室で寝ているが、……起こさない限りそのままだ」
「あの子、図書室でまで寝てんのか」
「一度、奥の書庫の前で寝ていてな。隣でずっと虫食い文書の補修をしていたが、閉室して起こすまでそのままだった」
「えー長次も起きないのか。なんで私だと起きるんだよー?」
「ちょっと待ってみんな、話がずれてるよ。そうじゃないだろ」

 ようやくに、善法寺先輩が苦笑しつつ諫めようとする。けれどそれが不満なのか、立花先輩が「おい伊作」と声を上げた。

「ならば、お前はどうなんだ。あの女子は、お前が近付いたら起きるのか?」
「そうだそうだ、あといさっくんだけなんだから、ちゃんと言うべきだぞ!」
「そ、そうかな」
「そうだな、お前だけ言わないのは不公平だ」
「そうだぞ! ふこーへいだ!」

 わけのわからない理論に押されて、善法寺先輩は困ったような顔で首を傾げる。そして、仕方なさげに口を開いた。

「澪ちゃんは、僕が近付いても起きないよ。よく医務室の近くの木陰で寝てるんだけど、頭撫でても起きないし。寒くないかなって通る度に頭撫でてるけど。……そんなことよりみんな、今は澪ちゃんがどこにいるかってことで」
「善法寺先輩、その木陰ってどこのことですか」
「ん? 医務室の裏の柿の木だよ」

 よし、次からそこでは絶対寝んなって言い含めておこう。

「おい、待て。ならばどうして私には撫でさせないんだ」
「知らないよ。仙蔵、あの子になにかしたんじゃないの?」
「ほほう、不運のくせに私に意見とはいい度胸だ。お前が良くて私が悪い理由とはなんだ」
「単に男の好みだろ」
「てっめ、それじゃ俺よりお前のが好みって言いたいのか、ふざけんな! ヘタレ委員より下なわけあるか!」
「はぁ!? てめえいつも鍛錬鍛錬うるせえから、女共に嫌われてんだよ! 普段三禁三禁言ってても、結局それか!」
「はっ、女子になんぞ嫌われても屁でもないが、用具に負けるのは矜持が許さん!」
「私も女の子にもてたいぞ! なあ仙ちゃん、なんで私達じゃ駄目なんだろうな?」
「私もお前と同じ位置か……存外落ち込むなそれは」
「なーなー長次、私ももてたいぞー。女の子ときゃっきゃしたいー」
「……本が読めない。引っ張るな小平太」

 なんだかわけのわからんことになってきた。
 澪に女なんかさっぱりぜんぜんちっとも感じていないくせに、単に気に入らないというだけで、先輩達は言い合っている。

「んだとこらヘタレ用具、決着つけてやるから表に出やがれ!」
「望むところだ鍛錬バカが! どっちが男らしいか勝負してやる!」
「ちょっ、待ってよ二人とも、先生に怒られたばかりだろ!? 今喧嘩なんかしたらまずいって!」
「伊作の言うとおりだ、暑苦しいからやめろ。これ以上の面倒は御免だぞ」
「なあ長次、まず私のどこから直せばいいと思う?」
「……バレー」
「えー、それやめなきゃいけないのか? そんなの無理に決まってるじゃん。バレー好きな女子っていないのかー?」

 とりあえず、そっと医務室を後にした。
 直後、中から取っ組み合いみたいな喧噪が聞こえてきたけれど、まあ俺には関係ないしどうでもいい。先輩達は澪がどこにいるのか知らない様子だったし、それが分かれば特に用もない。
 また学園内を歩き回りながら、俺はさっきの先輩達のやりとりを思い出して、小さく嘆息した。
 先輩達は気づいていなかったけれど、澪と長い付き合いの俺には、さっきの起きる起きないの意味が大体理解出来た。

 起きるのは、立花先輩と、潮江先輩と、七松先輩。
 起きないのは、食満先輩と、中在家先輩と、善法寺先輩。

 つまりあいつは単に、『無意味に起こそうとする相手が近付くと起きる』んだろう。
 ……わけの分からない危機管理能力だが。
 とりあえず、くだらない澪豆知識を手に入れたところで、そろそろいい加減に見つけて正座させて説教したい、という気持ちがむくむく湧き上がってくる。
 医務室が最後に捜した共用場だったのだから、もう後は学園の広大な木立やらを回るしかない。さすがにそれはあまりに骨が折れるので、俺はまた男子寮に戻ろうと考えていた。
 さっきの先輩達の話を聞いていると、あいつが俺の知らない間に男子寮に頻繁に忍び込んで来ているらしいことは、火を見るより明らかだ。分かっていたつもりだが、あいつは男子寮で昼寝するのが相当に好きなんだろう。
 ということはだ。
 澪と同室の女子生徒が言っていたように、澪が昼寝をしに行くと出て行ったならば、一番気に入っている昼寝場所である男子寮に来るだろう事は、やはり必然だろう。
 つまり、単に女子寮に向かう俺とすれ違いになった可能性が高いわけだ。

「無駄な時間使っちまった……」

 とにかくこれを機会に徹底的に男子寮を捜して、俺の知らない昼寝場所も完璧に把握してやる。そう気合を入れて、寮の入り口に辿り着いた。
 そのときだった。

「あ、三郎」

 突然に声をかけられて振り向くと、そこには教科書を抱えた雷蔵の姿があった。

「雷蔵」
「あれ。もしかして三郎、まだ澪ちゃんと会えてないの?」
「あいつ、どこにもいないんだよ。お前、男子寮で会わなかったか? 絶対ここで寝こけてやがるはずなんだが」
「あー……えっと、言いにくいんだけどね、三郎」

 雷蔵は急に眉を下げて、「あのね」と困ったように笑う。

「澪ちゃんね、僕達の部屋にいるよ」
「は……?」
「えっとね、三郎が出て行ってからすぐに、三郎に会いに来たって訪ねてきたんだ。お前すぐ戻るって言ってたからそう伝えたら、じゃあ邪魔じゃなかったら待たせてって。僕は先生に質問があって出てたんだけど、たぶんまだずっと待ってるんじゃないかと……、三郎?」
「……なんだよ、それは」
「だいぶ捜したの?」
「余計な恥までかいた」
「ごめん、すれ違いになったらいけないかと思ってたんだけど、僕がお前を呼びに行けばよかったな」
「……いや、悪い雷蔵」
「ううん。早く行ってあげなよ。僕、これから兵助の手伝いしてくるから」

 そう言い残して、雷蔵は火薬倉庫に向かっていく。
 それを見送ってから、俺は盛大にため息を吐いた。とにかくまずは、部屋に戻るか。



 案の定というかなんというか、澪はやはり部屋の中で寝ていた。たぶん雷蔵が出したんだろう座布団の上に、膝を抱えて猫みたいに丸くなって。
 そんなとこで眠れるのは、小動物かお前か赤ん坊くらいだ。

「あーあー、もう……」

 なんだか酷く疲れたのと安堵したのが交じり合って、身体の力が抜けそうになる。振り回された腹いせに澪の額を軽くつついてみると、うーんと眉間に皺を寄せた後、またふにゃりと眠りに落ちる。
 それでも起きない澪にもう一度安堵の息を吐いて、俺も隣に寝転んで、後ろからその身体を引き寄せた。

「……ん? あ、三郎。おはよう……」
「あーあーもう……お前はさ、どこででも寝るなって、前からあんなに言ってんだろうが」
「あれ……? 寝起きにお説教されてる? あれ?」
「人の気持ちになって考えろって教わらなかったのかよ」
「なんでだろう、いつもお昼寝すると怒られるから、三郎の部屋でなら怒られないかなって思ったのに……私、どっかで間違えた?」
「……ん、もういい」

 目の前の澪のうなじに軽く口付けると、澪はうわうわと焦り始める。問答無用で引き寄せて、腕の中に閉じこめた。あー……とりあえず、無事でよかった。

「澪、昼寝するか」
「え!? 三郎からお昼寝に誘ってくれるってなにこれ、夢!? なら覚めないうちに早く寝よう寝よう! 今日お天気よくて気持ちいいし! あ、どうせならお外行かない!? 一緒なら三郎怒らないよね!?」
「あほか……外でこうやって寝てたら絶好のからかいの的だろうが……」

 触れている澪の温もりに今一度安堵して、本当に眠くなってきた。えー、と不思議そうな声音の澪は、くるりと身体をこちらに向けて、俺に擦り寄ってくる。その身体を抱き直しながら、ゆっくり目を閉じた。まあ、説教はまた今度でいいか。

「おやすみなさい、三郎」
「ああ」

 軽く頭を撫でると、澪の身体からすうっと力が抜けていく。瞬く間に眠りの気配に落ちた澪の、その温かさを感じながら、俺も意識が落ちるままに任せた。
 起きるだの起きないだの、そんなことはどうでもいい。ただこの温もりが腕の中にいるのなら、俺はきっといつまでも幸せだ。
 だから、

「おやすみ、澪」

 どうせ眠るなら、誰でもない、俺の隣で寝て欲しい。
























「……いやー、兵助が、思ったより早く作業が終わったって言うから帰ってきたんだけ、ど。……どうしよう」

 誰も聞いていないことを口走って、僕は部屋の前でいつものように迷い始める。とはいえ今回は、いくら僕でもすぐ答えが出た。

「これ、やっぱり中に入っちゃ駄目だよね……」

 部屋の中には、すやすや寝てる澪ちゃんと三郎の気配がある。確かにいかがわしいことをしているわけじゃないんだけど、乱入したら確実に空気が読めないひとになってしまう。
 ……まあ、仕方ないか。夕食の時間までは我慢しよう。
 そう決めて、僕は部屋に背を向ける。

 本当は、部屋にやってきたときの澪ちゃんの言葉を、三郎に伝えてやりたかったんだけど。でも、仲が良さそうだし、今言わなくてもいいか。

「ご馳走様でした」

 あてられたことに苦笑して、教室で自習しようと歩きだした。







『こんにちは、雷蔵。三郎はどこかに行っちゃったのかな』
『あ、澪ちゃん。三郎は今いないけど、すぐ戻るって言ってたよ。用事があるなら待ってたら? 今座布団出してあげるね』
『うん、ありがとう。邪魔じゃなかったら待っててもいいかな』
『もちろん。でも澪ちゃん、今日は天気がいいから、いつもみたいに外で昼寝してると思ってたよ』
『うん、ほんとはお昼寝したいんだけど、三郎お外で寝ると怒るから。だから、三郎が見てるとこなら寝てもいいかなって思って』
『だったら僕が見ててあげるから、庭で寝たら? 三郎が来たら起こしてあげるし』
『ありがとう、でもいいの。……ほんとはね。三郎の隣で寝るのが、一番いい夢見れるんだ』









 終


蔵出し。ちゃんと完成させてサイトに載せようと思ってたのですが、違う創作でこのオチをまんま使ってしまったので封印してました。なのでここだけで公開です。

お題SSS(三郎夢)
2011/05/15 (日)
試験勉強の話。


「明日ね、教科の小試験なの」

 と澪が持ってきた大量の勉強道具を前に、俺はなぜか試験対策の指導をしていた。
 いや、別に澪が勉強を見て欲しいと言ったわけじゃないんだが。
 そもそも、雷蔵が今日は図書委員会で泊まりがけの一斉整理があると出て行ったので、下心丸出しで澪に声をかけたのが始まりだ。
 わくわくして待っていた俺の前に現われた澪は、普段より色気のカケラもなく、でかい風呂敷包みを背負ってやってきた。その中から出てきたのが、大量の教科書と参考書だ。
 確かに、部屋に来ないかとしか言ってないわけだが。

「お前なぁ、ちょっとは察するとかしろよ……」
「え、ごめん。三郎早く寝たかった? 私やっぱり部屋に帰ろうか」
「いや、察する方向性が全然違う」

 ちょっと借りるね、と俺の文机をずるずる引っ張ってきて、澪はその上にどんどんと勉強道具を積み上げていく。準備万端で部屋の中で布団を敷いて待っていた俺の隣で、だ。

「三郎、先に寝てていいよ。灯りつけたままだから、ちょっとまぶしくてごめんね」
「そういう問題でも全然ねぇし。……まあ、いいか」

 鈍い女相手に勝手に期待していた俺も悪いんだろう。仕方ないなと嘆息して、教科書を睨み付けている澪の隣に腰を下ろす。

「範囲どこだよ。見てやる」
「え、ほんと? あのね、薬草学のとこなんだけど。ここから、ここまで」
「それでなんで、必要のない教科書まで大量に持ってくるんだよ。効率悪いだろ」
「足りないよりいいかと思って……」

 澪は基本真面目だが、あまり成績はよくない。つまり典型的な、勉強方法が間違ってるやつなんだろう。

「いいか、この範囲なら、確実に出るのはここだ。あとは薬草の名前と効用だけでいい。煎じ方らへんまで覚えなくていい。ただの小試験だろ」
「ほんと!? わあ、ありがとう。私いつも全部覚えなくちゃいけないのかなって思って、一夜漬けじゃ足りなくなっちゃうの」
「そんで眠くなって寝るオチだろ。とりあえず、今言ったとこだけ頭に叩きこんどけ。それで九割は取れるだろ」
「うん、ありがとう! 実はね、今までの小試験があんまり点数よくなかったから、次でちゃんと取れないと期末試験がよくても補修になっちゃうかもしれなくて……」

 あははー、と澪は困ったように笑う。ぺちんとその額を叩いて、勉強しろと促すと、慌てた様子で俺が言った箇所を書き留め始めた。
 一つ一つせっせと書き写して覚えていく澪を見下ろしながら、ちらちらとたまに窓から外の月の光を盗み見る。……あんま時間ねぇな……。
 とりあえず今日は諦めることに決めて、澪が持ってきた他の教科書を開く。細々書き込まれているが、書き込まれすぎてなにが大事なのかが分からない。時間潰しにと、小さく切った紙に重要な箇所を書いて、その頁に挟み込んで行った。

 ふいに、集中して勉強していた澪が、顔を上げた。目を向けると、「あのね、三郎」と俺の顔を覗く。

「補修になっちゃったら、せっかくのお休みが短くなっちゃうよね。だから、よかったらまた勉強みてくれる?」
「ん……まあ、みるくらいなら構わないけど。休み、家に戻るのか」
「違うよ。三郎と一緒にいる時間がなくなっちゃうでしょう? だから頑張って小試験もいい点数取りたいの」

 当たり前のように言って、澪はすぐにまた教科書に視線を落とす。
 おかげで顔を見られなくて済んだと思いながら、俺も今一度澪の教科書に書き込み始める。

 ……ま、期待してたのとは違ったけど。
 これはこれで、いいか。







お題:『★三つで合格!』(たぶん三郎夢)(15)
お題提供:『Abandon』

ぶつ切り文次郎夢『無自覚嫉妬』
2011/05/09 (月)
ぶつ切り文次郎夢『無自覚嫉妬』


「くのたまってさ、どうしてあんなにえげつないんだろうね」
「そうだよなあ。きっと忍術学園で一番性格悪いのはあいつらだよ」

 授業が終わってすぐの放課後、共用の渡り廊下ではたくさんの生徒達が行き交っている。忍たまもくのたまも教師達も、急いで長屋に帰るものや、ゆっくりと同級生と雑談を交わしながら食堂へ向かうものなどなど、たくさんの気配と会話の応酬で賑わっていた。
 後ろから突然に聞こえてきた会話に、私は足を止めて振り向いた。途端に「わぁ!」と声を上げて、忍たま二人がその場に石のように固まる。
 どちらにも見覚えはないけれど、井桁模様の制服で分かる。まだまだ新米出来たてほやほやの一年生だ。振り向いた私がくのたま、しかも最上級生だと気づいたのだろう。一年生二人のその顔は、控えめに言って真っ青だった。
「ち、違うんです! 先輩のことを言ってたわけじゃなくて、くのたまの悪口言ってただけなんです!」
「そうです! 先輩のことじゃなくて、ただくのたまはすごく性格が悪くてえげつないってことを────あああああああああ!」
 うっかりと自爆した一年生二人は、頭を抱えて苦悶の声を上げた。私は一歩踏み出して、二人の顔を交互に見やる。
「私のこと、あなたたちには、くのたま以外のなにかに見える?」
「いえ、くのたまにしか見えません」
「むしろくのたまそのものです」
「正直ね」
 頷くと共に、ぺしぺしと一年坊主の頭をはたいた。一年生は「あいた!」「あいた!」と同じような声を上げて、頭を庇うように両手を上げる。うーん、可愛い。お肌はツヤツヤ髪はサラサラ、吹き出物のふの字もない。初々しすぎて怒る気にもなれない。おずおずといつ第二撃が来るのかとこちらを窺ってる様子も小動物じみていて愛らしい。さすがあのムサ苦しい六年生とは違うわねぇとまじまじと一年生を堪能していると、「おい、こら!」と後ろからなんか怒鳴られた。
「お前、なに俺んとこの一年虐めてんだ、離れろ!」
「あ、潮江文次郎先輩……!」
 一年生二人が、目を丸くして声を上げる。呼ばれた通り、学園一ギンギンに忍者しているという噂の(ていうかギンギンってなんだ)潮江文次郎が、私から新入生を庇うかのように割り込んで来た。いつ見ても暑苦しいその顔に、知らず目が細くなる。可愛いものを見た後にヤなもの見てしまうと、気分が悪くなる。
「人聞き悪いわね。別にいじめてないわよ、ただちょっと注意してただけ」
 説明しているのに、文次郎はいつも変わらぬ暑苦しさで、人の話を聞かずに突っかかってくる。
「なにを言っている、お前らがえげつないのは分かり切ったことだろうが! 当たり前のことを言ってなにが悪い!」
「フケ顔」
「な……!!!」
「当たり前のことを言ってなにが悪いの?」
「こ、こんのアマぁぁぁ……!」
「し、潮江先輩落ち着いてーー!」
「今回は僕らが悪かったんです、ですからー!」
 飛びかかって来そうな文次郎を、後輩二人が必死で左右から抑えている。ああ可愛い。さりげなく文次郎から間合いを取って、私はその可愛さを堪能する。ヤなものを見たら可愛いものを見ないと。
「ええい、お前らのことなどどうでもいい! 売られた喧嘩は買ってやる! そこの性悪くの一、表へ出ろーーー!」
「いやよ、バカバカしい。後輩に良いとこ見せたいんだったら、さっさと帰ったほうが身のためじゃないかしら。くの一に負けたなんて知られたら評判がた落ち内申急降下で職にあぶれるわよ」
「ゆ、許さん、許さんぞこらぁぁぁぁ!!!!」
「わーーー潮江先輩、ほんと落ち着いてください、潮江先輩ーー!」
「潮江先輩、くの一に口で喧嘩しても勝てないですよーっ」
 だから実力行使に出るんだろうがー! とわめく文次郎の声を聞きながら、私はさっさとその場から離れた。なんで男子ってあんなにアホなんだろうか、と思いながら。
 


「あ、あんのクソくの一がーー!」
「し、潮江先輩、血の気多すぎです……!」
「落ち着いてくださいってばー。もうあの先輩行っちゃいましたよ」
「くっそ、あのアマ、毎回毎回俺に絡みやがって、腹が立つ!」
 ようやく少し落ち着いたのか、左右にぶら下がる下級生二人をぶんぶんと引き離し、文次郎はこめかみに青筋を立てる。今までなにかいろいろあったのか、それを思い出して怒りを蓄積させている文次郎に、後輩二人は顔を見合わせる。
「絡んでた? あの先輩」
「いやー、どっちかって言うと、潮江先輩が一方的に……」
「お前ら……!」
「う、うわ!」
「ごめんなさい!」
「良いか、一年坊主!! これだけはしっかりと覚えておけ。あいつらを見くびるな! 俺達より力がなくとも、それを補って余りある性格の悪さがある……!」
「ええ、まぁ……くの一の性格の悪さは、ぼく達も知ってますけど……」
 一年生は先輩くの一の去った方向を眺めて頷き、それから顔を見合わせる。
「でもあの先輩、優しかったね」
「ね。軽くはたいただけだったし。苦無で後ろからぶっ刺されるくらいされるかと思ったけど」
 あはは優しい先輩でぼく達ラッキー、と笑っている後輩二人を、文次郎はきつく睨み付ける。
「アホか。いいか、もう一度言うぞ。あいつらのアレは擬態だ。そもそもお前ら、見た目が酷いくの一など見たことがないだろうが」
「まぁ、そう言われれば……」
 根性悪という前提があるから普段気づかないが、確かにくの一達はみんなそこそこ綺麗だし、男受けの良さそうな身振りと話し方をする。
「でもあれがくの一の術の一つでしょう、先輩」
「そーだ。だから絶対にまともにとりあわず、絶対にまともに相手にするな。あんな奴らに騙されてみろ、本当に学園のいい笑いものだぞ」
 肩を大きくすくめると、文次郎はドカドカと廊下を踏み抜きそうな勢いで去っていく。
「……くの一ってやっぱ怖いんだねー」
「ねー。六年生の先輩が言うくらいだもんね」
「でもあの先輩は優しそうだったよね」
「ねー」
「ねー」


 な、にが、「ねー」だ!
 後ろで微かに聞こえる後輩二人のニヤけ声に、文次郎はますます虫の居所が悪くなる。
 あのいけ好かないくの一の、呆れた顔を思い出す度に木に頭突きを食らわしたい心持ちになる。





ぶつ切りですが文次郎夢。サイト開設前に、夢ヒロインの性格を決めるために試しに書いたものです。タイトル通りの意味です。ヒロイン設定は今とは全然違うものになってますが。

お題SSS(綾部夢)
2011/04/22 (金)

「ったああああああああああああああ!」

 どさーーー、と。足元の地面が沈んだと思ったら、身体全体が崩れ落ちた。
 普段は無言で受け身を取ることも出来るんだけど、まさかこんなとこまで穴があると思わなくて、つい悲鳴を上げてしまった。喜ぶだけのが分かってるのに、なんて失態!
 とりあえず塹壕に落ちきってから、私は頬を引きつらせながら、ほとんど毎日恒例の流れで身体の具合を確かめた。大きな怪我がないのだけ確認して、そこらの土を手にとって丸めだした。その間に、穴の外から小さく足音が聞こえてくる。もちろんあいつの足音だ。

「落ちた?」
「ていっ」

 顔を覗かせた瞬間に、丸めていた土を投げた。適当に作った泥団子をすっといとも簡単に避けて、今日も今日とて喜八郎は無表情で私を見下ろしている。

「今日の穴の具合、どう?」
「そうね、まさか学園外でも落とされる思ってなかったら、イライラ度はここ最近で断トツね」
「そんなに褒められると思わなかった」
「こっちだって褒めるつもりは欠片もなかったわよ!」

 学園長先生のお使いの帰り。ここは学園に近いけどまだ学園じゃない、裏々山だ。こんなところまで喜八郎がいるとは思わず、うっかり簡単に嵌ってしまった。すごくむかつく。

「はい、手出して」
「ああああもう……なんで私、こんなやつの穴にいつまでも落ち続けてるんだろ……」
「こんなやつじゃなくて恋人でしょ?」
「なんで恋人なのに、こんなに穴に落とされてんだろ……」

 喜八郎の手に掴まりながら、穴の外に出る。
 今度から、土があるところは全部警戒しなくちゃいけないのか。面倒くさい……。

「ねえ、なんで私あんたの穴にこんなに落ちるんだろ……」

 嫌味で言ったのに、喜八郎はきょとんとして、当たり前のように小首を傾げた。

「すきだらけだからじゃない?」
「隙……ねぇ……」

 確かにそうかもしれない。でも天才トラパーとか言われてるこいつに狙われた時点で、勝負は決まったも同然だという気もするけど。

「だから、諦めたほうがいいと思うよ」
「諦めない! いくら隙だらけだからって、諦めたらそこで終わりじゃない」
「ふうん」

 喜八郎は不思議そうにまた小首を傾げて、それから私にまた手を差し出した。今度は穴から助けるためじゃない、繋ぐためだ。
 それに自然に繋いでしまう私も私だけど、まあ、恋仲なんだから仕方ない。

「いつか絶対、穴という穴を回避してやるんだから」
「すきだらけである以上、無理だと思うよ」
「いつか絶対だってば! 隙だらけでも出来ることはあるもん!」

 いつものように騒ぎながら、私と喜八郎は学園に戻る。
 なんだか喜八郎が珍しくとても楽しそうにしていたけど、それは私を穴に落としたからだとばかり思ってた。




お題:『好きだらけの毎日。』(綾部夢)(15)
お題提供:『Abandon』
分かりにくくてごめんなさい。

お題SSS(保健委員夢)
2011/04/21 (木)
 いつものことと言えば、いつものことだ。
 ずるっと足が滑ったとき、あ、このままじゃ転んじゃう、と思った。
 問題なのは、そう思った瞬間に行動出来なかったことだ。身体を動かすよりも先に、ああこのままだと右足首を軽く捻挫して、大体完治まで十日くらいかな、と冷静に分析してしまっていた。その前に抱えていた落とし紙を離して受け身を取れば、その通りの怪我を負うこともなかったのに。

「あいたたた…………」

 そしてつまりそういうことで、私は廊下の端っこで丸まっている。
 辺りにはばらばらに散らばった落とし紙。厠の補充用に取ってきてまだ一枚も配ってないから、大量だ。
 周りに人影はないから、誰かにこの恥ずかしいところを見られなかっただけよかったのかもしれない。とりあえず今は怪我をなんとかしなくちゃと、自分で袴をめくりあげて、右足首に手拭いを固定するために強く結びつけた。

 不運委員と呼ばれる保健委員になってから、なによりも良かったのは自分の怪我を自分でほぼ全て処理できることだ。まず自分の怪我を治さなければ、他のひとの治療だって出来ないから。
 ……保健委員じゃなかったら怪我もしないんじゃないの、と友達に言われることもあるけど、そんなことない。保健委員は不運委員なんかじゃなくて、単に私が個人的に不運なだけだから。……たぶん。

 もうすぐ委員会が始まるのに、このままだと遅れてしまう。慌てて右足を強く固定して、ゆっくり壁を伝って立ち上がる。とにかくまずは落とし紙を拾わなきゃいけないけど、この怪我でどこまで上手く出来るだろうか。

「……怪我人の心を知るには、まず自分が怪我人になることだ」

 どこかの医学書に書いてあった言葉。ゆっくりと落とし紙を広いながら、私はそれを思い出す。痛みを知らなければ、誰かを治療するときの痛みを理解することが出来ない。どこを怪我したらどういう動きが辛くなるのか、それが出来なければ薬師として意味がない。
 その考えは極端だとは思うけれど、ある意味ではとても正しいのだと思う。怪我人や病人を慮ることが出来なければ、薬師として意味はない。

「でも、ちょっと大変かな……」

 このままだとやっぱり遅れちゃう。どうしようかなと困りつつもどうしようもないなあとため息をついたとき、ふいに私の腕が引かれた。引かれるままに振り返ると、いつのまにか、私の後ろに困った顔の伊作君がいた。

「なら、誰かに助けてって言うのが一番だよ」
「伊作君……」
「一人でなんでもしなくていいんだ。ね、みんな」

 伊作君が言ったとき、ぱたぱたとこっちに駈けてくる足音が聞こえてきた。

「あ! どうしたんですか!?」
「先輩、足怪我したんですか?」
「落とし紙がばらばら……踏んじゃったらすりるるるるー……」
「だ、だめです動かないでください! 僕たちが拾いますから!」

 委員の後輩達が駆け寄ってきて、私の手を取ってくれたり、散らばった落とし紙を片付けてくれる。

「時間になっても来ないから、みんなで探してたんだ。だって君が委員会に遅れるのなんて不運以外考えられないだろ」

 伊作君が笑って、私に肩を貸してくれる。
 なんだか温かい気持ちがいっぱいに広がって、私はすごく嬉しくなった。

「みんな、ありがとう」
「あはは、先輩も不運ですよね」
「みんな不運だから、集まって不運じゃないように助け合えばいいんですよー」
「不運が集まっておっきな不運すりるるるー」
「縁起でもないこと言うな!」

 うん、そうだよね。私は笑って、みんなを見た。

 私達は不運かもしれないけど、不幸じゃないもんね。

「よし、落とし紙補充したら、みんなで医務室に帰ろう!」
「……あっ、落とし紙踏んだらこけたあああああ」
「それに続いたあああああ」
「さらに続いたああああああ」
「すりるるるるるううううううう」
「ちょ、待ってみんな、こっち来たら……うわあああああああああああああ」

 ……不運だけど。
 不幸じゃないもんね。
 




お題:『階段から落ちて欠席。』(保健委員夢?)(15)
お題提供:『Abandon』
落ちるとか言われると保健委員か綾部しか思いつかない。

お題SSS(左近夢)
2011/04/18 (月)
 
「今日ね、あんたは小猿に似てるねって言われたの」
「はあ」

 先輩は今日も唐突だ。僕が薬草をすり潰している後ろで、それでね、と首を傾げる。捻った足をさすりながら。

「お猿さんってすばしっこいじゃない? でも赤ちゃんの猿だったらまだふらふらしてるから、お母さん猿がいつも一緒にいるでしょ? そんな感じで、あんたも誰か傍にいないと危なっかしーって」
「それなら、ただの赤ちゃんでいいんじゃないですか?」
「私、お猿さんに似てるから、お猿さんの赤ちゃんなんだって」
「……まあ、人間が一番似てるのは確かに猿ですけどね」
「あれ。左近ちゃんは私のことお猿に似てないと思う?」
「猿に似てるなら、毎月のように捻挫しないですよね、とは思ってます」
「ごめんなさい」

 先輩が頭を下げる気配がする。先輩は実技が苦手ではないのに、なぜかここぞというときでぽかをやって怪我をつくってくる。軽傷なことが多いし今日もただの捻挫だけど、こう幾度も繰り返すのは身体に良くない。

「はい、足出してください。……あー、長い間放置してましたか? 腫れが酷いです」
「あ、そんなことも分かるの? そうなの。タコ壺に落ちちゃってね。一人で出れないし周りに誰もいなかったみたいで、なかなか上がれなかったの。穴から見えるのってお空だけなんだもん。ちょっと心細かったなあ」

 それを思い出したのか、はあ、と情けなさそうに先輩がため息を吐く。その足に薬草を塗って上から包帯を巻く僕に、ふと話題を変えるように先輩はにっこり笑う。

「左近ちゃんは、動物ならなにが好き?」
「怪我しない動物が好きですね」
「ほんとにごめんなさい」

 頭を深々と土下座に近いほど下げて、それから先輩はまたため息を吐いた。

「……なんで捻っちゃうのかなあ。そんなに危ないことしてないんだけどね」
「はい、これでいいです。足はあんまり動かさないでくださいね」
「うん。いつもありがとう、左近ちゃん」
「いえ……っていうかいい加減ちゃん付けはやめてくださいとあれほど……」
「ごめんなさい」

 今度はちょっと楽しそうに謝って、先輩は立ち上がる。足の怪我のせいで体勢をふらっと崩しかけたけど、慣れてるからかすぐに持ち直して僕に向かって手を振った。

「じゃあ、今から補習に行ってくるね。手離剣術だから足は使わないよ」
「はい。お大事に、先輩」
「うん!」

 にっこり笑って、先輩は医務室の戸に手をかける。先輩が出て行って、戸が閉まる。その戸が閉まるのと同時に、僕はぽつりと呟いた。


「僕は、なにかになるなら鳥になりたいです」


 薬草を片付けようと、すり鉢に手を伸ばす。先輩は本当によく怪我をしてくる。今はまだいい。でも本当に大きな怪我をしてきたらと思うと、不安で仕方ない。

 だから。



 ──穴から見えるのってお空だけなんだもん。ちょっと心細かったなあ



 鳥ならきっと、空からでも怪我をした先輩を見つけられるだろうから。





お題:『飛行を願う少年。 』(左近夢)(15)
お題提供:『Abandon』
左近と包帯三年生verってことで……。

CGI nicky! Skin 海月屋